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第30話

「嫌だったら、蹴飛ばしていいから」 「っ」  ふわ、と鼻の奥に広がる相良さんの匂い。僕とおそろいのボディーソープの香り。触れたところから、熱が込み上げてきて。僕は相良さんに抱きしめられていた。相良さんの胸におでこをくっつけて、背中まで手を回されて。子どものように、泣いていた。  よしよしと頭を撫でてくれる手が。「大丈夫、大丈夫」と囁いてくれる声が。僕の心を溶かしてくれる。抱きしめられたら、驚いて涙が引っ込んで。硬直したまま、相良さんの熱を感じていた。 「どう? 少し落ち着いた?」 「……はい」  涙がぱっと止まって。僕が答えたら、離れていく熱。もう少し、抱きしめていて欲しかった。そんなふうに思っている自分に驚く。甘えちゃダメだ。僕はもう子どもじゃないんだから。 「今日は疲れただろうから、もう寝ようか」 「はい」 「明日は俺、午前中半休だからゆっくり寝てていいからね」 「わかりました」 「おやすみ」 「おやすみなさい……」  ぱ、と照明が消えて。暗闇の中2人きり。お互い向き合ったまま。抱き寄せられたから、距離が近づいて。もう、相良さんとの距離は10センチもないだろう。泣き疲れていたのか、僕はすぐに眠りに入ってしまった。僕が寝たのを確認してから、相良さんが寝たことなんか知らないで、僕は眠りについた。

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