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第33話
「雛瀬先輩。今日もよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
丁寧に僕のデスクまでやってきた金森さんに、そう伝える。彼女はぱっと笑顔になって、僕と別の島にあるデスクに向かっていった。時刻は午後2時。今日は午後23時までの勤務だから、頑張ろう。
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プルルルル、と受話器が鳴る。ワンコール鳴る前に出た。
「もしもし。ひだまり相談室の雛瀬です」
「……あのう」
「はい」
電話越しに女性と思しき声。なんとなく、高齢者な気がする。僕は、なるべく柔らかい声を出すように努めた。そして、はっきりと発音する。
「ちょっと困ったことが起きてるのよ。主人がね、いないの。お散歩に出かけたかと思ったんだけど、昨日から帰ってこないのよ」
「それは心配ですね……警察などに相談はされたんですか?」
すると、女性は「そうよ」と落ち着いて言った。
「わたし、心細くってかなわなくて……こうして電話をかけているの。あなたはどう思う? 主人は帰ってくると思う?」
僕はメモ帳の隅に、失踪と書いた。もしかしたら、ほんとうに事件や事故に巻き込まれているかもしれない。そう思って、詳細を聞くことにした。
「ご主人と連絡はついていますか?」
「いいえ。もう何度かけても繋がらないのよ」
「丸野さん! 何してるんだ!?」と、電話の向こうで男性の大きな声が。僕と話していた女性は「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝っている。なにかおかしいと思っていると、大きな声を出した男性が電話を代わったらしい。
「すみません。私、介護福祉士をしております太田と申します。患者さんが電話をかけてしまったみたいで……」
「はい。今の女性はご主人の話をされていましたが……大丈夫なんでしょうか」
不安になって聞いてみる。すると男性は、
「ああ。それはもう何年も前のことでして。ご主人、亡くなられたんですよ。その前から丸野さん……あなたに電話をかけた女性は認知症を患っていまして。今でも、たまに相談機関を調べて電話相談をしているみたいなんですが……おおごとになってしまうのでやめさせようとしているんです」
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