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第34話

「……そうでしたか。最後に、丸野さんに代わっていただけますか?」  太田と言った男性が電話を切ろうとしている空気を感じて、僕はそうお願いする。快く代わってくれた。 「丸野さん。聞こえますか?」 「はい」  おずおずとした声。きっと注意されて落ち込んでいるんだろう。だから僕は、 「ご主人のことが大切なんですね。これからも、大切にしてあげてくださいね」  そう言った。彼女の世界を傷つけないように。壊さないように。 「はい。どうもありがとう。帰ってきたら、主人もきっと喜ぶわ」  丸野さんは、電話越しで笑っているみたいだった。この仕事をしていると、電話越しでも相手がどんな表情を浮かべているのか、推察できるようになる。僕の主観だけれど。  今みたいな電話がかかってくることは、珍しいことではない。悪質なものだと、支援員をからかったり罵倒するような電話をかけてくる人もいる。そういう人は暇で暇でしょうがなくて、かまってちゃんなのだろうと思うことにしている。  その後も5件ほどの電話をとった。時間ごとに10分休憩が回ってくるので、僕はその時間になると席を立った。社員がストレス少なく働けるようにと、社内の隅の方に小さなカフェがある。僕はいつものように、カフェモカを頼んだ。甘いものに弱い僕は、こうして高カロリーなものをほぼ毎日摂取している。こんなんだから、相良さんみたくムキムキにはなれないんだ。でも、いいよね。話をしたり、聞いたりするのって意外と体力必要だから。  カフェモカを持って、カフェの窓から見える街を見下ろす。僕の職場はビルの9階に入っているから見晴らしはそこそこいい。人々が行き交うスクランブル交差点。あの人たちの中にも、きっと悩みを抱えた人はたくさんいて。毎日、皆必死で生きてる。僕はそんな人達の力になりたかった。

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