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第86話

 相良さんが車を出してくれて、30分ほど高速を乗ってたどり着いたのは国立水族館。国内でも最大級の水族館らしい。展示されている海の生き物の数も最多で、平日でも混み合うくらい有名なスポットだった。聞けば、相良さんも初めて来たのだという。初めてをおそろいにできるのは、少しどきどきした。 「じゃあ、まずはこっちから見てみようか」  入場ゲートでチケットを買って、館内に入る。1番最初にあざらしを見に行くことにした。ホームページを調べてわかったのだが、今ちょうどあざらしの赤ちゃんの展示をしているのだという。なんていうベストタイミングなんだろう。  館内は家族連れやカップルで賑わっていた。僕ははぐれないように少し暗い館内で、相良さんの姿を必死に目で追う。あ、手が……。僕の右手をそっと握りしめてくれる相良さんの手が、骨ばった指が。胸がくすぐったくて、笑いが込み上げてきそうになる。手を繋いで水族館に行く。実は、子どもの頃からの夢だった。それが、こんなふうに叶うなんて。 「うわぁ……」  もちもちとしていそうな曲線を描いた体。眉毛みたいに飛び出ている目の上の白色の毛。真っ黒でくりくりの真ん丸な瞳。遠くからみたら白い羊毛フェルトみたいだ。  あかちゃんあざらしは飼育員さんの手によって水浴びの最中だった。身体を抱っこされて、ぱしゃぱしゃと水を浴びている。気持ちよさそうに目元が緩んでいた。かわいい……かわいい……。僕は透明なガラスに手を重ねるくらい前のめりになってあざらしを見つめていた。それを見ている相良さんがどんな気持ちなのかも知らずに、1人舞い上がっていた。相良さんはまた、手元に手を置いて肩をくつくつ鳴らしている。笑ってる、のかな? 僕はそれを横目にあざらしに熱い視線を送っていた。ぱち。あざらしの赤ちゃんと目が合った。……気がするだけかもしれないけど。この喜びを誰かと共有したくて相良さんを見た。 「相良さんっ。今あざらしのあかちゃんが僕のこと見てました!」 「よかったね」  相良さんは僕のほうを見て微笑んでくれる。僕は何枚かあざらしのあかちゃんの写真を撮ると、さっそく待受画面に設定した。

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