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第91話
「ちょっと洗濯物だけ回してくるね」
帰宅して早々相良さんが家着に着替える。
「僕も手伝います」
「ああ。助かるよ」
相良さんは洗濯物を回すことに専念してもらい、僕はまだ洗い終わっていないという浴室を洗うことにした。掃除は結構好きだ。もともと綺麗好きだからかもしれない。僕は気分が良いからか鼻歌交じりに浴室を洗った。
手足を拭いてリビングに戻ると、相良さんがホットコーヒーに口をつけているところだった。僕にはココアを作ってくれたらしく、マグカップがローテーブルの上に置いてある。僕は白いクッションに、相良さんはソファに腰掛けてしばし沈黙する。
「こういうの、今聞いていいか分からないんだけど……タイミングが難しいから、聞いちゃうね」
相良さんが言いづらそうに口を開く。僕はなんとなく、言いたいことがわかるから視線を落とした。
「雛瀬くんって、下の名前教えてくれないよね。そんなに教えるのが嫌?」
僕の唇に、きゅ、と力が入る。教えたくないわけじゃない。でも……。
「僕、自分の名前あんまり好きじゃないんです。小さい頃から女みたいな名前と、女みたいな身体だってからかわれてきたので……自信が無いんです」
雛瀬っていう苗字だけでもかわいらしいと言われてしまうのに、下の名前はもっと女っぽい。
「俺にも教えられないくらい? 俺は雛瀬くんの名前をたくさん呼びたいんだ。だめ、かな?」
僕の反応を伺うような視線。その瞳は優しい色で満ちている。僕は少し押し黙ったあと、静かに口を開いた。
「李子《りこ》……僕の名前、李子っていうんです……女の子みたいでしょう?」
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