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第94話
「少し落ち着いた?」
鼻をかみおわってから、相良さんがそう問いかける。僕は小さく頷く。
「相良さん、ごめんなさい……服が」
「ああ、気にしないで。着替えれば済む話だし」
「ちょっと着替えてくるね」と言って、相良さんは寝室に向かってしまった。僕は手の中にすっぽりとおさまったあざらしのあかちゃんを眺める。見れば見るほどかわいい。
「別の話をしてもいい?」
服を着替えた相良さんが僕に向き直る。僕は相良さんに肩を抱かれながらソファに座っていた。
「李子くんをもっと俺好みにしたいんだけど、いい?」
俺好み。その単語がかっこいいと思ってしまう。相良さんに気に入ってもらえるなら、なんでもやりたい。僕は「はい」と答える。
「髪の毛薄いピンク色に染めてくれないかな?」
「髪の毛、ですか?」
「うん。あざらしのキーホルダーも李子くんのはピンクにしたでしょ。あれ、俺の趣味。俺の好きな色がピンクだから、好きな子に持たせたくてそうした」
僕の職場は髪色自由だ。電話相談員だから、直接対面で相手と仕事をすることは無い。実際、僕の職場には髪の毛を襟足まで伸ばして金髪にしているお姉さんや、パンクロック風に紫にしている若い社員もいる。髪色自由だからこの会社に入社したという強者もいた。僕は問題ないけど……似合うんだろうか。1度も染めたことは無いし。でも、相良さんのお願いだったら。それにイメチェンした自分を見てみたくなった。相良さんといると、後ろ向きな自分も少しずつ自信をもらえるから。
「わかりました。今度の休みに染めてきます」
「いや、美容院は俺が予約するから気にしなくて大丈夫だよ」
「知り合いが経営してるんだ」と笑う。相良さんとっても嬉しそう。僕も嬉しくなって相良さんの肩に頭を乗せた。
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