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第110話

 僕は深々とお辞儀をする。相良さんは僕の肩を軽くたたくと「じゃあ、またね」と言って外に出ていった。あ、言っちゃった……何かもっと気の利いたこと言えたかもしれないのに。僕がこういった関係に不慣れなだから。1人でしょんぼりとドアのほうを眺めていたら、ガチャリとドアが開いて。相良さんが、目の前に現れて。僕の体を抱きしめるから。僕は何が起きたのかわからなくて、瞳を瞬かせた。 「李子くん充電中」  走って戻ってきてくれたのか、相良さんの息が弾んでいる。嬉しい。嬉しい。僕も相良さんの広い背中を手を回す。 「今日はゆっくり休むんだよ」  頭をなでなで。相良さんが僕の髪にキスを落としてくれる。僕は僕なりに何かできないかと思って、相良さんの肩を掴み体を浮かせた。かかとが浮く。そして、その薄い唇に自分のものを重ねた。 「どこでそんなこと覚えてきたの……」  相良さんの顔、紅い。口元に手を置いて目を開いている。喜んでくれたかな。僕はよし! と心の中でガッツポーズをする。相良さんのこと満足させられた。いつも相良さんがしてくれるから、たまには自分から気持ちを伝えたくて。よかった失敗しなくて。背が届くか不安だったけど、軽くジャンプしたし、相良さんも体を屈めてくれたからなんとか成功した。今日はお赤飯炊かなきゃ。 「じゃあ、今度こそまたね」 「はい……」  パタンとドアが閉まって。さっきまで感じていた寂しさはもうどこかに吹き飛んでしまった。僕はドアの鍵をかけると、るんるんでベッドにジャンプする。枕元に置いていたあざらしのあかちゃんのぬいぐるみを胸に抱きしめた。この子がいれば、僕は相良さんをすぐそばに感じられる。相良さんの唇の感触を思い出して、自分のものに触れる。相良さんも気持ちいいって思ってくれたかな。今度はもっと上手なキスをしよう。そう心に決めて僕は窓の外を見た。夏の夕焼け。雲の影が、悠々と空を泳いでいた。自由に、穏やかに、何にも囚われないで。

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