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第116話
「李子くん。今から俺のお願い聞いてくれる?」
相良さんが2杯目のビールを飲み干した後だった。そんな言葉をかけられたのは。僕は小さく頷いて両手を膝の上で握る。今日は何をされるんだろう。期待より不安のほうが大きくて。相良さんのこと好きなのに。信頼しているはずなのに……どうしてこんなに不安な気持ちになってしまうんだろう。
バーのラウンジには、もうぽつりぽつりとしか人がいない。ひっそりと静まり返った空気に緊張が走る。それは、僕が今ものすごく緊張しているから。それが伝わったのか相良さんは少し笑う。
「大丈夫。李子くんならできるよ」
そう言って、持っていた四角いポーチの中から何かを取り出す。黒色のネクタイだった。
「近くに来て」
「はい……」
そろそろと相良さんの近くに向かう。
「後ろを向いて」
指示通り、相良さんに背中を向けて座る。すると、背後から相良さんの手が伸びてきて。目の前が真っ暗に染まった。目元に擦れる布地の音。
「ちゃんと真っ暗になってる?」
僕は相良さんの黒いネクタイで目元を覆われていた。目元から頭の後ろに巻かれたネクタイは、僕の視界を完全に奪う。僕はこくこくと頷く。本当に真っ暗で、何も見えない。
「じゃあ行こうか。俺の手離さないで」
相良さんが僕の体を持ち上げる。1歩1歩が、怖い。立ちすくみそうになる。けど、相良さんのお願いだから。僕は半歩ずつ足を進めた。相良さんは亀のように遅い僕の歩みを叱ることはなく、エスコートしてくれる。どこに連れていかれるんだろう。
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