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第132話
「お疲れ様」
ビルの下。相良さんが僕の姿を捉えると手を上げた。僕は走って相良さんの車まで向かう。1歩、2歩、3歩。相良さんの真正面に来た。ちょっと息が上がってしまう。たいした距離じゃないのに。運動不足かな……。
「夜ご飯テイクアウトしたから、家で食べようか」
車に乗り込むと助手席には透明なプラスチックの袋が置かれている。この匂い……牛丼? 僕はお腹がぐうっと鳴る音を聞いた。
「はは。お腹すいてるんだ」
ハンドルを片手に相良さんが笑う。僕は照れくさくなって髪の毛を耳の後ろにかけた。
「俺もお腹ぺこぺこ」
相良さんが自分のお腹を撫でながら言う。ちょうどそのとき、ぐぅっという大きな音が相良さんのお腹から聞こえた。
「あ」
「……」
相良さんの耳、真っ赤だ。黙り込んでしまって運転に集中しているみたい。僕はそれを盗み見て心の中で笑った。相良さんのこういうところが好きだ。
相良さんの家に上がる。もうすっかり慣れてしまった。相良さんの家の匂いとか、空気とか。
牛丼の入ったプラスチックの容器を取り出して、2人でローテーブルを挟んで向き合う。僕は、もう座り慣れた白いクッションに。相良さんは僕の向かい側にあぐらをかいて座った。
「熱いから気をつけて」
丁寧に割り箸まで割って渡してくれる。そのくらい自分でできるんだけどな……。
箸でご飯の上に乗ったお肉を掴む。つゆがしっかり染み込んでいて美味しそう。僕は牛丼を大きな口を開けて食べた。
「おいしい……」
「でしょ。ここの店はハズレがないから」
相良さんは豪快に牛丼に食らいついている。僕も負けじと牛丼に食らいついた。
プラスチックの容器の底が見えてきたあたりで、相良さんが僕の方に手を近づける。僕はなんだろうと思って動きを止めた。
「ご飯粒ついてる」
僕の上唇からご飯粒を指の腹ですくうと、それを食べてしまった。ご飯粒を口に付けたのに気づかないなんて子供みたいだな、僕って……。少しナーバスになっていると相良さんが僕の方に体を寄せる。あ、この目。相良さんのスイッチが入った目だ。
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