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第135話

 ガチャ、と後ろで相良さんがドアの鍵を閉める音が聞こえた。僕は目の前に置いてあるものに釘付けになる。これ……。 「着てくれるよね?」  綺麗に畳まれて置いてある黒い服。僕は見慣れた服だった。だってこれは、僕が高校の頃に着ていた制服にそっくりだったから。相良さんの目は据わっている。 「サイズは合ってると思う。李子くんを抱っこしてるときに、なんとなくわかったから」 「……もう僕28です」  掠れた声でそう呟くと、相良さんが僕の肩に手を置いた。 「まだ28でしょ」  屈託のない笑み。僕は躊躇いつつ黒の学ランに手を伸ばした。 「学ランは中学でもよく着るでしょう? 高校生気分も中学生気分も味わえるなんて、贅沢だよね」  僕が、とは言わなかった。たぶん、相良さんの言葉の後に続くのは「俺が」という言葉だ。僕は着ていたパーカーを脱ぎさって制服の袖に腕を通す。肌着なんて着てないから、学ランの生地が少しちくちくあたってかゆい。僕はもう相良さんの前で着替えることなんて朝飯前になっていた。さっとスキニーズボンも下ろして、学ランのズボンにはきかえる。ほんとだ。サイズぴったり。 「ほんとに……」  僕の周りをぐるりと回ってから相良さんが口に手を当てて何かをもごもごと呟く。なんて言ってるのか聞こえなかったけど……。相良さんが嬉しそうだからいっか。 「ちょっと待ってて」  相良さんが部屋を出ていく。僕は1人残された部屋で制服の袖をぎゅっと掴んで待っていた。数分と経たずに、「お待たせ」と言って相良さんが部屋に戻ってきた。着替えてきたらしい。上下共に有名なスポーツブランドのウィンドブレーカーだ。黒い色が相良さんに似合っている。 「今日は俺が李子くんの先生ね」  僕の顎を掴むと相良さんはそう囁いた。僕は、相良さんの生徒? 今日はそういうplayなんだ。ちょっと楽しみな気がする自分が怖い。きっとまた恥ずかしいことや戸惑うことをされるとわかっているのに。それを期待している自分がいる。

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