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第150話
「っは」
ぐ、と押し付けられる歯が。骨を噛み砕くような強さで僕の鎖骨にあたっている。僕は咄嗟に相良さんの頭を振り払おうとして暴れた。手足をめちゃくちゃな方向に振り回す。けれど、相良さんはがんとして動いてはくれない。ものすごい力で、僕の身体を床に押し付けてくる。
じん、とあまりの痛みに涙が出てきた。声が、出ない。その一点を相良さんは噛み続けている。どうして、こんなことをするの。僕は頭の中がくるくる回った。
ようやく相良さんが歯を離してくれたのは、僕が暴れる気力を失うくらい消耗した後だった。絶対、痣になる。
「っ……く……ひ」
僕は年甲斐もなくその痛みと、急に変わった相良さんの様子が怖くて泣いてしまった。なんで。いつもいつも、やさしく触れてくれるのに。どうして今日は、こんなことをするの。僕は相良さんの心理がわからない。相良さんは、なにを考えているんだろう。わからない。わからないことは、怖いことなのだと。
「ちゃんと反省した?」
頭の上から降ってきたのは、とってもとってもやさしい声。僕のことを甘やかすいつもの相良さんの声音だった。僕の鎖骨を丸く円を描くように撫ぜる。丁寧に、やさしく、やさしく。
「は……い。反省しました」
僕は懸命に相良さんを見つめる。お願い。いつもの相良さんに戻って。そのためなら、僕なんでもするから。
相良さんは僕の言葉を聞くとゆっくりと身体を離していく。僕と少し距離をあけて、片膝をついて胡座をかいた。
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