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第155話
「はい。ひだまり相談室の雛瀬です」
ゆっくりと、はきはきとした発音で答える。相手からの返事を待っていると、電話向こうのその人は掠れた声で小さく呟いた。
「あ、と……その。ちょっとだけ、話聞いてもらってもいいかな」
高い女の人の声。年齢は20代後半くらい? 僕は「もちろん」と答えて、相手の話を聞こうとペンを握る手に力を込めた。
「あの、さ。わたし彼氏いるんだけど……そいつがさ、なんていうのかな。Domってことも関係してるんだろうけど、かなりベタベタしてくれるの」
惚れ着話? それにしては、声のトーンが低い。僕は違和感を覚えて彼女の話に聞き入った。
「でも、さ……。最近、playで無茶なこと要求してくるようになって。なんか、人が変わっちゃうみたいになるの。それが、怖くてたまらなくて」
ずくん、と僕の胸が嫌な震え方をする。この話って、もしかしてーー似てる。僕の置かれた状況と。
「どうしたらいいかな。セーフワードは、彼氏の反応が怖くて言えなくて。ずっと我慢してplayしてるんだ。でも、それじゃ意味ないよね。mateとして長く続かないだろうって、勝手に心配してる」
セーフワードとは、Subがplay中にDomに行為の静止を伝える言葉だ。mateによって、十人十色のセーフワードがあると言われている。
主に、Domの過激なplayに耐えられそうになかったり、Subが生理的に拒否するplayをされる前に助けを求めるためのものだ。ストップ(やめて)という言葉を、play中には相応しくないから別の言葉で代用する。
そういえば、僕はまだセーフワードを作ったことも言ったこともないや。ふと、相良さんのことが頭に浮かぶ。この間の、少し過激なplayを思い出して、服の上から鎖骨をなぞった。今も紫の薔薇のような跡が残っている。触れると、痛むから。
僕は女の人の話を頭の中で再生する。
女の人の言う通りだ。彼女は正しい答えを理解している。けど、それを選択できないんだ。だから僕は、なるべく安心させるように優しい声を出す。
「お姉さん。彼氏さんのこと、自分自身のことが大切ならセーフワードは言った方がいいです。言ったことで、彼氏さんは自分のことを信頼してくれていると認識してくれるはずです」
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