157 / 276

第160話

「……っ」  見なければ、よかった。  僕はすぐに紙袋を押しのける。中に見えたんだ。白い便箋。表に、「千隼《ちはや》へ」と書いてあった。紛れもなく、相良さんの字だ。  僕の力は急になくなってしまった。その場に座り込んでしまう。なんで。なんで。ここにも、千隼という人の影がちらつく。ちはやって漢字、ああやって書くんだ。きれいな、名前だな。  はっとする。点と点が結びついた気がした。僕が相良さんの寝室のチェストから、勝手に写真立てを盗み見たとき。相良さんものすごく怒っていた。  どんな写真だったかはよく覚えている。不思議だ。一瞬しか見てないのに。  写真の中には、相良さんともう1人。おそらく、予想だけど千隼という男の人がいた。2人して笑顔だ。眩しいくらいに。相良さんは少し今より幼い表情だから、若い頃の写真かな。隣でピースをして肩を組んでいる綺麗な男の人。茶髪の髪は艶々と太陽の光を浴びていて。目元は穏やかで、やさしそう。相良さんの隣に立っていても引けを取らない。  そのときの相良さんの笑顔。とっても楽しそうだった。  ぎゅ。  急に背後から回った腕が。熱が。僕に重なる。 「こんなところでどうしたの」  耳の近くでぼそぼそと囁かれる。僕は黙って何も言えなくなってしまった。そんな僕の様子を怪訝に思ったのか、相良さんが僕の腰を支えて立たせる。

ともだちにシェアしよう!