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第161話

「お腹すいちゃった?」  幼い子供に問いかけるように、僕に目線を合わせるために屈める背中を見てると、胸がきゅうってなる。僕はこくりと頷くことにした。 「そう。じゃあ、李子くんは座って待ってて」  キッチンを後にする前に、後ろを振り返った。僕に背中を向けた相良さんが、白い紙袋の中から手紙を抜き取ってゴミ袋に投げ入れているところだった。  僕は、「え」と目を疑う。大切な人への手紙ではないんだろうか。そんなふうに、雑に扱うのは相良さんらしくない。もやもやする胸を抱えたまま、ローテーブルの前で体育座りをして座る。  ほどなくして相良さんがやってきた。透明な器を2つ。中には、わらび餅がある。きな粉がぱらぱらと振りかかっていて、黒蜜がたらりと垂れている。 「食べてみて。職場の同期のおすすめの和菓子屋なんだって。明治創業って言ってたかな」 「いつもありがとうございます」  お礼をいう。僕は気になってしょうがなくて聞いてしまった。聞かなくていいことを。 「毎月、僕のためにお菓子を買ってきてくれるんですか」  相良さんは一瞬だけ息を止めた。そのあとで、ふわって微笑む。その顔を見ているとなぜか辛くなる。    相良さんは僕が喜ぶであろう言葉をその薄い唇から紡いだ。 「ばれちゃった? そうだよ。李子くんに食べさせたくて、毎月買ってる」 「そうなんですね」  精一杯笑ったつもり。おいしいものに罪はない。  ちがう。これは、このお菓子は。毎月僕に食べさせてくれたお菓子は、ほんとうは千隼という人のために買ったものなんだ。

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