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第162話

 僕、馬鹿だな。  勝手に勘違いしてた。全部、自分のために与えられるものだって思い込んでた。そんなこと、あるわけないのに。  相良さんは「うま」と言いながらわらび餅を口にしている。僕もそれにならってわらび餅を口に入れた。もちもちしてておいしいよ。ほんとうに。でも、心の中でなにかが引っかかって、喉に押し込むのにえらく時間がかかってしまった。家から持ってきたジャスミン茶で無理やり流し込む。おいしいけど、なんかさ。泣けてきそうなんだ。  相良さんの大切な人は、僕ひとりだけじゃないんだということが。ひどく、ひどく、僕を揺り動かす。  相良さんは、千隼という人の名前を洩らすとき、すごく辛そうな空気をまとうから。よっぽど、大切な人なんだろうと。夢で見るくらい、会いたい人なのかな。その人の名前を呼んで、泣いてしまうくらい好きな人なのかな。  まだわらび餅が2個残っている僕の器。相良さんが茶化すように僕を見た。 「李子くんがいらないなら、俺がもらっちゃうよ」  箸をひらひら動かして、僕のわらび餅に近づける。僕は、なんとか意識を切り替えなくちゃと思って。ほっぺたに力を込めた。上を、向く。 「お腹いっぱいになっちゃったので、相良さんに食べてもらいたいです」 「……いいよ」  相良さんは、そう答えると僕の前に顔を寄せてきた。今日は前髪を下ろしてるから、軽くカールした髪が額を隠している。  僕は、もうお決まりになった動作をする。震えてしまう腕を叱咤して。大丈夫。大丈夫。千隼って人のこと、考えたらだめだ。相良さんの口に、わらび餅を近づけた。  はむ、と動く唇。ただ、咀嚼しているだけだというのにどこかなまめかしい。

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