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第164話

 しばらくの沈黙のあと、相良さんが静かに言葉を吐き出した。 「……まずいな」  ちら、と彼の様子をうかがう。すると、前髪をかきあげてやれやれと困った顔をしていた。 「俺は我慢するの、すっごく苦手なんだよ」  相良さんの瞳が僕を捉えて離さない。その目からは逃げられないのだと、静かに悟る。 「だから半年も待ったんだけど。もう、いいの?」  僕はどくどくと鳴る心臓の音を感じながら、うんと頷いた。相良さんに好かれたい。その一心で。   好きだよ。大好きだよ。  声も、匂いも、視線も全部。  僕だけに愛を叫んで。僕だけを瞳に映して。僕だけを見て、聴いて、僕のためにーー泣いてください。 「俺の好きにしていいんだね?」  相良さんの瞳の奥に渦巻く黒い光。その正体に、薄々気づいてしまっている。けど、相良さんの願いなら。僕はなんでもかなえてあげたい。僕ができることなら、なんでもする。 「もう逃がしてあげられないよ」  覚悟を決めてと、言われてるみたいだ。だから僕は微笑んだ。相良さんのことが大好きだから。  その僕の姿を見た相良さんが、不意に僕を抱き上げる。そうして、廊下を歩いて渡る。僕の胸はさっきからとくとくとうるさい。心臓の音が耳の近くで聞こえるみたいだ。  とさり、と寝室のベッドの上に落とされる。

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