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第188話

「好きだけど、その人のこと怖いって思ってしまうことがあるんだ。これって、だめなことだよね。好きなら、その人がどんな表情のときも好きでいなきゃだめだよね」  振り絞った言葉。金森さんが、ううん、と首を横に振る。 「そんなことないです。怖いって思ったり、嫌だって思ったりしていいんですよ」  僕は、はたと金森さんの表情を見る。おかあさんみたいに、やさしい顔してる。 「雛瀬さんがやりたくないことは、しなくていいんです。たとえ相手の人がやりたくても、雛瀬さんがしたくなかったら、しなくていいんですよ」 「っふ……う」  やわらかな声に背中を包まれるみたいだった。僕は嗚咽を上げてしまった。両手で目を擦る。涙って、こんなに止まらないものだったかな。  このお店が半個室のお好み焼き屋さんでよかった。こんな、28歳のいい歳した大人が泣きわめく。そんな、悲惨な有様を見られなくてすむんだから。でも、今だけはいいよね。金森さんだったら、許してくれるよね? 「あーっもう! わたし、今すぐにでも雛瀬さんの恋人のことぶん殴ってやりたい」  腕まくりをして力こぶをつくる金森さん。こめかみに筋を立てて……かなりご立腹な様子だ。 「だ、大丈夫だよ。自分で話をしてみるから」  僕はどうどう、と興奮した金森さんを宥める。彼女の感情的な一面に触れてびっくりして涙が引っ込んでいく。 「……雛瀬さんがそう言うなら」  半ば納得しきっていない顔。頬をぷくりと膨らませている。  その後は、仕事の愚痴と、金森さんが飼っている猫のメモちゃんの話になった。僕は珍しい名前だなと思った。「なんでメモちゃんって名前なの?」と僕が聞くと、金森さんは「メモが赤ちゃんのとき、寝ぼけてメモのこと付箋かと思って背中に明日の予定書きそうになったから、戒めで」と至極真面目な顔をして言うものだから、お腹を抱えて笑ってしまった。金森さん天然なのかなぁ。そういうところも、かわいいと思われるんだろうな。

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