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第190話

 次に会うとき、どんな顔して会えばいいんだろう。  何事もなかったように振る舞う? 正直に、なんであんなことをしたのか聞いてみる? ううん。これはだめ。僕にそんな勇気はない。金森さんはああ言ってくれたけど。  僕が恐れているのは、たったひとつだけ。  相良さんを失ってしまうことだけだ。僕の生活に相良さんは必要不可欠な存在になってしまった。彼はするりと僕の隙間に入り込んで、それを埋めてくれた。あたたかくて、やさしいもので満たしてくれた。  大好きなんだ。だから、失いたくない。嫌われたくない。機嫌を損ねたくない。いつまでも僕を隣に置いて欲しい。  「李子」って、またあの唇で呼んで欲しい。  だから、受け入れてあげたい。あの人が、あんな行動をすることを。理由があるのなら、それを聞いた上で向き合っていきたい。  だって、僕は相良さんのSubだから。mateとして彼を愛してあげられるのは僕だけだ。  僕も相良さんだけのSubになりたい。彼の瞳には僕しか映らないでほしい。他の人なんて見なくていい。僕だけを見て、愛して、囁いて、抱けばいい。  相良さんが望むように。  彼が欲するものに、僕はなりたいんだ。  僕は枕元にあるあかちゃんあざらしのぬいぐるみに鼻をうめる。ふわふわしてて、ちいさい。僕の下の名前を初めて呼んでくれたときを思い出す。  あんなにもうれしかったのは、初めてだった。  瞳を閉じて、思い浮かべる。相良さんの髪の毛の癖、薄い唇、きりりとした眉、そして、目元の笑いじわ。 「相良さん」  僕の言葉は部屋のまんなかにおっこちて。誰にも拾われずに消えていった。

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