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第209話

 よほど探し回ってくれたのだろう。透夏くんの前髪には汗が張り付いている。それを聞いたせつくんが、ふははと大きなあくびみたいなのを1つ。わらってるみたい。 「じゃあそろそろ俺はお暇するよ。俺のDom様もあそこで怖い顔して待ってるの気づいちゃったから」  わらった顔とうって変わって、ひやひやとこめかみに嫌な汗を垂らしているせつくん。僕は彼の視線の先を見つめた。  ひと目でわかった。あの人が、せつくんのDom様。まわりにいる僕と透夏くんには目も触れない。ただただ、せつくんのことだけを見ている。瞬きもせず、実験動物かなにかを観察するように。  その人は、とても背が高かった。2メートルくらい、あるんじゃないかな。細身で、華奢な印象を受けた。腕を組んでいる手のひらの骨ばっている甲とか。高い鼻筋とか。顔も体型も日本人離れしているように見える。なんとなく、ミックスの方なのかなと思った。  僕はせつくんの無事を願って手を振って別れた。透夏くんに、「せつと何話してたんだよ」と言われて説明をしようとしたときだった。2人は知り合いなのかな。そう思いながら口を開ける。その直後だった。僕に雷が落ちたのは。 「李子」  後ろから、低い声。こんなに低い声、出るんだ。 「Come《ついてきなさい》」  身体が自分の意思とは無関係に動く。この感覚、あんまり好きじゃない。透夏くんはそれを冷めた目で見ていた。目が言っている。「おまえが勝手に動き回ったせいだぞ」と。諸伏さんはいない。あ、奥のほうで話してる。さっきの、せつくんのDomの男性と話してる。隣にせつくんもいる。和やかで明るい雰囲気。僕の目の前にある冷たい空気とは全然違う。

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