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第211話

 長い足が、音もなく振り下ろされる。僕の身体は簡単に持ち上げられて、数メートル飛ばされた。床の上に転がる。床、絨毯ひいてあってよかった。コンクリートだったら、きっと骨折れてた。  僕は部屋の真ん中で逃げ惑う。立ち上がろうとしても、足がすくんで無理なんだ。だから這いつくばっていく。部屋のドアまで辿り着いた。けど、何度ドアノブを回しても開かない。 「本気で逃げられると思ってる?」  はは、と高めの笑い声。後ろを振り返る。相良さんがカードキーを人差し指と中指の間に挟んでわらっていた。  壁に追い詰められて逃げ場がなくなる。 「さっきの男、なに?」  笑顔がすっと引いた。失望の渦巻く瞳。 「あ、の人は……友達で……」 「俺よりああいう子のほうが、タイプなの?」 「ちが……」 「はっきり言ってよ。俺が悲しむことになるんだよ」  ごひゅ、とお腹から息がもれた。相良さんが腹部に足を埋めるから。僕はドアと相良さんの間に挟まれてしまう。 「李子くんは俺がCommand使わなきゃ、なんにも言えないの?」  僕は怖くて怖くて声が出ない。人魚姫に、なったみたい。  相良さんに腹部を蹴られるんだ。いっかい、にかい、さんかい、よんかい……ここで僕は数えるのをやめた。  頭を抱えて丸まった。  ひとしきり気が済んだのか、相良さんは僕の後頭部をむんず、と掴むと持ち上げた。重力が遠のく。 「ごめんなさ、ごめんなさ……い。でも、一緒に話してた人はSubだし、Collarも付けてて。だから、あの人とはなんにもないです。ほんとうです」  滲む視界で必死に弁明する。  僕は無実だよ。相良さん。相良さん以外の人のことなんて、見ないし聞かない。

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