209 / 276
第212話
凍りついた表情を張り付けて相良さんは一言呟く。
「李子」
たしなめるように、僕の名前を零した。
「DomとかSubだとか関係ないんだよ。李子が俺以外の誰かに懐いてるのを見るのが辛いんだよ」
「ねえ、わかる?」と、ほんとうに辛そうに訊いてくるから。僕は言葉が出せなくなる。
「李子のことが心配でしょうがないんだ。前に、あっただろう? 町の丘のバーで、頭の悪いDom2人に怪我させられたよね。俺は、あんなこと二度と起こさせない。だから、李子のことを傍で守りたいんだ」
つい数分まで蹴られていたのに、僕のことを蹴っていたのにこの人は。容赦なく抱きしめてくれるんだ。花束を包むように僕を、そっと、その逞しい腕の中で。
あなたの優しさは気まぐれな猫のようだ。
甘やかすだけ甘やかして、機嫌が悪くなると拗ねてしまう。そうして、それを僕に浴びせる。
相良さんのことは大好き。だけど、こんな一面があるなんて知りたくなかった。知ってたら、mateになんてなってなかったかもしれない。
たらればを言ってしまうのが僕の悪い癖。直さないと自分が辛くなるのに、逃げ道がないから自分で作ってしまう。ほんとうは、逃げられないとわかっているのに。
心の底ではこの人から逃げたくないとも、思っているくせに。
ともだちにシェアしよう!