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第233話
志麻さんは駐車場に車を停めると建物の中に入っていった。受付の女性に何かを言っている。そして、手渡された紙になにかを書き出した。僕にも手渡される。紙の1行上には志麻さんの名前が書いてあった。僕もそれにならって名前を書く。
それを受付に提出すると、エレベーターに乗り込んだ。ボタンは2が光っている。生暖かいオレンジ色の光だ。チーンとエレベーターが止まった。
相良さんの後ろをついて行く。廊下には部屋がたくさんあるらしい。その一室で立ち止まる。
「優希の名前は出さないで」
そう一言呟くと、部屋の扉を数回ノックした。扉を横に引く。
「千隼」
部屋には、シングルベッドが1つ。黄緑色のカーテンが揺れている。窓を開け放っているから。そのベッドの上に、男の人が座っていた。志麻さんの呼びかけに気づいていないのか、開け放たれた窓の外を眺めている。
「千隼」
もう一度、志麻さんが名前を呼ぶ。ぜんまい時計がまわるように、彼はゆっくりと首を回した。
「……」
その人は志麻さんを一目見て、その次に僕を見た。
この人が、千隼?
写真で見たより痩せこけている。腕まくりをした肘なんて、骨が浮かんでるくらい。目は虚ろだ。写真の中にいた、溌剌とした印象の彼はいない。
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