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第242話

 無言のまま相良さんの瞳から、透明な雫が垂れるのを見ていた。綺麗だと、そのとき思った。  僕は相良さんの身体をゆっくりと包み込む。いつものように、僕の腕では相良さんの背中を包むことはできない。それでも、伸ばせるところまで手を出して、相良さんの肩甲骨のあたりを掴む。 「優希さんは、優希さんです。そして、僕の好きな人です」  やさしく、やさしく語りかけたい。  あなたは、僕の世界の光だから。  僕のことを、ずっと好きでいてほしいから。  僕も、あなたのことを好きでいたいから。 「……」  相良さんは黙ったま俯いた。その大きな肩が小刻みに揺れるのを見た。 「ごめんね」  様子が落ち着いたところで相良さんが僕に声をかけた。僕は「いいえ」と答える。 「不甲斐ない姿を見せてごめん」  項垂れている彼を見るのは心が傷んだ。その後に、相良さんはこうもいった。 「前に話しただろう。俺にとって、Domというのは毒だって」  何の話をされるのか予想がついた。だから僕は静かにその時を待つ。 「1度、枯らしてしまったんだ。大切に育てていた花なのに、俺が俺であるせいで、失ったんだ」  僕は握りしめた自分の拳に力が入るのがわかった。 「その人は、俺にとって初めてのmateだった。初めてSubの肩を抱いた。細かった。柳みたいに、柔らかな曲線を描いていた」  懐かしむような視線に僕の胸は締め付けられる。ああ、きっと彼の話をしているんだ。 「千隼……」  僕がその人の名前を呼んだからだろう。相良さんが、凍りついたように瞬きをして僕を見た。

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