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第294話 愛おしい日々の狭間で揺れる
通りを行き交う人々は、スマートフォンを手にした現代の人間であり、歩みも速く、景色に無関心なように見える。
肌の色の違い、文化の違い、宗教の違い、様々な違いを抱えるものたちがすれ違う街。
僕もその一人である。シアトルにいる日本人は珍しいようだ。特に童顔で背の低い僕は、スーパーマーケットなどでは高校生と見間違えられることが多い。容姿の幼さが特徴的らしい。
日本人は比較的実年齢より若く見えるとよく聞くが、実際に自分の身に起こるとなるほどと納得してしまう。
僕は瞳を閉じて想像する。過去の人々の影が重なって映る。丸太を運ぶ男たち、カフェや商店の開業に胸を躍らせた女性たち、ゴールドラッシュに胸を膨らませた若者たち……。
どの顔も、今の静かな街並みの中に潜むかのように、微かに揺れている。確かにこの血に根付く命の息吹を感じることができるようだった。
目の前の通りの角には、古い建物に囲まれた小さな円形の広場があり、石畳の上を歩く子どもたちの足音がテラスまで届く。小さな音に、僕の胸がわずかに跳ねる。
歴史の中の人々と、自分の現在が、まるで一つの時間軸に繋がったような錯覚に陥り、微睡むように午後の日差しを眺めていた。
ここは優希さんの勤めているミラコッタの本社がある| Central Business District《CBD》と呼ばれるビジネス街とは違って、ゆったりとしたある種時間に支配されない時が紡がれている。
Central Business Districtはシアトルの金融・商業の中心地で、高層ビルやオフィスが密集している有名なビジネス街だ。
もともと、| Downtown Seattle《ダウンタウン・シアトル》と呼ばれるシアトルの都市機能・経済・文化の中心地 の1つに数えられているのがCentral Business District だ。
5th AvenueやColumbia Street周辺が主要な通りで、多くの大手企業のオフィスや銀行、ホテルが集中している。優希さんの勤めるミラコッタの本社もこの区画内にある。
半年ほど前に優希さんの紹介でミラコッタが主催している本社の見学ツアーに参加させてもらった。地域との結びつきを大切にしている社風があるため、地域住民の子どもや大人に社内を案内し、社員との交流を図る意図があると優希さんに教えてもらった。
実際にオーダーメイドスーツを着こなしてツアーの案内をする優希さんはビジネスマンらしくキリっとしていてかっこよくて、こんなかっこいい人が僕の恋人であるということが誇らしくなった。
本当は「この人が僕の彼氏です!」と胸を張って紹介したいくらいに気持ちが高揚していたが、優希さんの職場で目立つような言動は避けなくちゃと思い、悶々としたままツアーに参加していたことを思い出す。
ミラコッタの社員たちは、バリバリのエリート集団という印象があり様々な国の人が風通しの良い環境で自分らしく働いている様子を見て、アメリカってすごい国だなと改めて思ったことが懐かしい。
優希さんとシアトルに移り住んで1年の月日が流れようとしていた。その1年間はあまりにも濃く、驚くほど刹那の瞬きように過ぎ去っていった。
1年間を振り返るとなんだか無性に泣けてきてしまう。こうしてシアトルにあるカフェに立ち寄っては物思いに耽る。これが僕の休日のルーティーンになっていた。
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