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第295話 リモートワークのデメリット

 きっかけはほんの些細な意見の相違だった。  僕と優希さんがシアトルで同棲を始めてから半年間は、毎日が温かい日々で充実していたように思う。  優希さんは週5日バリバリ本社で働いていて、月に数回のリモートワーク以外は朝早くから夜遅くまで仕事をしていた。  特に繁忙期は多忙を極め、会社に泊まり込みで仕事をする日も少なくなかった。優希さんは仕事への責任感が人一倍強いから熱心に向き合っている。  そんな姿をすぐ隣で見ている僕は、まだ英語をやっと喋れるようになった大学生のようなレベルで、家の外から出るとつい身構えてしまいがちな生活を送っていた。  シアトルに引っ越してから3ヶ月後にひだまり相談室の電話相談員の仕事を再開した途端、日本に住む相談者は日本人が多いため仕事では日本語を、日常生活では英語をと使い分けるのに頭を悩ませていた。  家の中での優希さんとの会話は基本的には日本語で、たまに僕の英語の練習として英語で話す時間も設けてくれている。やはり、自分で調べるよりもアメリカの文化や歴史、スラングなどにも詳しい優希さんに聞いたほうがすんなりと僕の疑問は解決していった。  仕事に対するモチベーションを維持するのがこんなに難しいことだと知るのは生きてきて初めてだった。  以前は会社のオフィスでそれぞれ社員も出勤していて、休憩時間などには後輩の金森さんと少し雑談をしたり、オフィスに備え付けのカフェで甘いものを食べて息抜きをしていた。そのメリハリが自分には適していたのだとシアトルに来てから気づいた。  大して長い時間そうしていたわけではないと思うけど、あの一瞬一瞬の人との何気ない会話や挨拶、オフィスのしゃきっとした空気感などが今は恋しくてたまらない。  僕は仕事をする時は、相談者の個人情報保護のために自室にこもって仕事をするように会社の上司から指示を受けていた。はじめは、静かな環境で電話に出るのにとても良い環境だと思ったのだが実際にやってみるとリモートワークのデメリットにぶつかってしまったのだ。  部屋に1人きりの状況、電話を受ける時しか話さず、金森さんとちょっと雑談するような息抜きもない。上司との報連相は全てメールやチャットのみ。  しーんとした部屋で黙々と相談者から電話がかかってくるのを待つだけのお地蔵さんみたいだと、自分でも思ってしまった。おそろしく寂しくなるのだ。まるで、自分はひとりぼっちで仕事をしていて、親しい人とも気軽に息抜きとして話せず、ただ淡々と電話相談を受けるだけ。  もちろん、電話相談の際に怠けたり手を抜くということはしていないが、なぜだか以前のようなメリハリのある感覚を失ってしまった。自分は会社から求められていると思う反面、別に電話相談を受けるのは僕じゃなくてもいいんじゃないか……とか考えてしまうようになった。目の前で見えるのは電話相談の人との会話から聞き取ったことが書いてあるノートとボールペン、それと無機質なパソコンだけ。  日本で働いていた頃は書類整理など電話相談とは別の業務もあって気持ちを切り替えやすかった。ただ、今のリモートワークの状況だと電話相談を受けている時、無性に寂しくなって仕方がなくなるのだ。まるで僕のほうが誰かに話を聞いてもらいたいみたいに。  そんな地に足が付かないようなよたよたとした様子で仕事をしていたからだろうか。優希さんとの関係も少しずつ変化してきているのを感じて、それが更に僕を追い詰めていった。

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