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サンタな魔物のメリークリスマス
クリスマスシーズンになると街全体がキラキラと華やぐ。きらびやかなイルミネーションに飾られたショッピングモール。毎年12月に駅前に登場する高さ3メートルの見事なツリー。
クリスマスというのが何の日だか知らない人でも、目に映る景色が美しく彩られるだけでなんとなく浮き立つような気分になってくるだろう。
けれど12月も下旬の世向内科クリニックは、そんな華やぎやときめきとはまったく無縁だ。むしろ院内には重苦しい空気がたれこめ大混乱の大混雑、それこそ野戦病院のごとき様相を呈する。青がにこにこしながら飾り付けた、入口で患者を迎える小さなクリスマスツリーだけが、ほんのちょっとイベント感をかもし出しているくらいだ。
開業内科医の宿命といおうか、この時期は毎年そんな具合だ。それゆえ正人が世向家に来てからはずっと、クリスマスのお祝いはイブ当日ではなく、その近くの休診日の夜と決まっていた。たまたまイブが休診の木曜や日曜に当たれば、なんとなくラッキーだ。
けれど今年のイブである今日は、火曜日で平日だ。休み明けの昨日ほどではないが、開院時間前からすでにぽつぽつと人が並び始めている。せっかくのイブなのに具合が悪く、病院に来なければならない気の毒な人で、今日も待合室はいっぱいになりそうだ。
「正人、並んでいた患者さんに中に入ってもらったよ」
ふうふうと白い息を吐きながら、寒さで頬を赤くした恋人が開院前の診察室にパタパタと入って来る。まだ受付の準備は整わないが、寒い中に患者を立たせておくわけにはいかない。
「青、ありがとうな! あ、熱が高い人はちゃんと……」
「うん、大丈夫だよ。裏口から予備のお部屋に入ってもらったから。それからぼくは、あと何をすればいい?」
きゅっと右の拳を握り、青は気合いの入りまくった真剣な顔で正人を見上げてくる。
「ああ、もういいよ。とりあえずあとはいつものように患者さんをご案内して、特に具合の悪そうな人を見てあげていてくれ。今日も忙しくなるだろうけど、よろしく頼むな」
「うん! 任せて」
今度は左の拳も握りコクコクと頷く青の瞳はキラキラと輝き、今日もやる気満々だ。
クリニックに来てからはや2年半、神森青はもう立派にスタッフの一員だ。受付の手伝いや患者の案内・介助など、ほかのスタッフに頼りにされながらフルに働いてくれている。常連患者の『ファン』も何人もついており、青と話すのが目的で来院するお年寄りもいるくらいだ。
生来――おそらく泉のほとりで仲間と暮らしていた頃から――ホスピタリティ精神に満ちあふれている青本人にとっても、ここでの仕事は向いていたようだ。あちこちから患者に引っ張られ、スタッフにヘルプで呼ばれては、ハムスターのように駆け回りながらも笑顔を絶やさない。いやむしろ、忙しければ忙しいほど、頼りにされればされるほど、嬉しそうに笑っているように見える。
「ねぇ正人、インフルエンザはいつまで続くのかな。みんな赤い顔をしてとても苦しそうだから、ぼくはとても心配なんだよ」
人の痛みを自分のことのように受け取る優しい恋人は、つらそうに正人を見上げる。
「そうだな、流行のピークは1ヶ月後くらいだから、まだしばらくは続きそうだなぁ」
「正人もインフルエンザにかかる? 患者さんたちのことも心配だけど、本当はぼくはそれが一番心配なんだ」
毎日大勢のインフルエンザ患者に接している正人を、たまに青が診察室の外からはらはらと覗き見ているのには気付いていた。大きな瞳がやや潤んでいるところを見ると、どうやら相当不安にさせていたらしい。
「大丈夫だ。医者はかからないんだよ」
「えっ! お医者さんはインフルエンザにならないの?」
「ああ。インフルエンザのウィルスは、医者を避けていく習性があるんだ。だから、俺と父さんには寄りつかない」
もちろん嘘だ。一般的に医者がインフルエンザにめったにかからないのは予防を徹底しているからなのだが、疑うということを知らない恋人は素直に信じてくれたようだ。
「そうなんだ! 正人と恒夫お父さんはかからないんだね。正人、ぼくはそれを聞いてすごく安心したよ」
心底ホッとした様子でふわっと笑う青が可愛すぎて、正人は思わず肩を抱き寄せてしまう。
「心配してくれてありがとうな。というか青、おまえもちゃんとマスクしてろよ。それと、手洗いもていねいに」
「正人、ぼくもインフルエンザにはかからないんだよ。だから正人は心配しなくて大丈夫なんだよ」
うふふと笑う青に、「ああ、そうだっけ」と正人も苦笑してしまった。人間姿の青とずっと一緒にいるのに慣れてしまったものだから、彼が本当は人ではないことをついつい忘れそうになってしまう。
人に害を及ぼすウィルスも、人間ではない青には無効だ。花から作った薬もよく効いていて、最近では疲労で倒れたりすることもまったくなくなった。
顔色もよくなり日々元気な笑顔で働いてくれている青を見ていると、かつて自分や琴音のためにひとりで無理をしていた頃の儚げな姿が浮かんでくる。同時に今あるしあわせを改めて実感し、彼のことがさらに愛しくなってくる正人だ。
「インフルエンザの時期になると、ぼくは人でなくてよかったって思うよ。忙しい正人に、余計な心配をかけなくてすむから」
「馬鹿だな。俺が心配する必要ないからというより、おまえがつらい思いをしなくてすむからよかったんだろう。でもな、がんばりすぎるなよ。疲れたらすぐに休むんだぞ」
相変わらず人のことばかり気遣っては、にこにこしている恋人の額にチュッと口づける。「あっ」と赤くなっておろおろする様子がたまらなく可愛い。
「青、本当に悪いな。いつも頼りにしてしまって。おまえには本当に感謝してる」
改まって礼を言うと、
「ううん、ぼくのほうこそ嬉しいんだよ。こんなぼくでも一生懸命やればたくさんの人の役に立てるって、ここに来て教えてもらったから。だから、感謝しているのはぼくの方なんだよ」
ありがとうね、と小さく言って、青はほんわりと微笑んだ。
たくさんの感謝を堂々と受けていいはずの彼は、いつだって無自覚に謙遜し、受けた感謝を倍にして周りに返そうとする。こんなに身も心も綺麗なものが自分のものになってくれた幸運に、正人はいまだに信じられない嬉しさを噛み締め感動すらしてしまう。
「あ、そろそろ9時だね。ぼくはもうご案内に行かないと」
正人の手からするりと抜け、青は速足で扉に向かう。と何か思い出したのか、ドアに手をかけ振り向いた。
「ねぇ、正人……今日はクリスマスイブだよね?」
「ん? ああ、そうだな」
「正人にも何か、いいことがあるかもね」
何やら意味深な含み笑いを残し、青はたたたと駆け出て行った。
何のことやらわからず正人もなんとなく笑ってしまいながら、さて今日もがんばるか、とひとつ大きく伸びをして気合いを入れた。
クリニックが大入りなのはいいことではないのだが、とにかくその日も大変な大繁盛だった。インフルエンザの患者は日々増える一方だし、それ以外でも年末年始の休みに入る前にと、薬をもらいに駆け込む持病患者も大勢いる。
その日も結局昼食も取れず、夜は閉院時間2時間オーバーでやっと最後の患者を診終えるという、なかなかにハードな一日だった。
風邪ひとつひいたことがなく丈夫で、研修医時代もどんなにしごかれてもへこたれなかった正人も、さすがに20代の頃と同じようにはいかず少々疲れを覚えていた。同じく朝から夜まで大忙しだっただろう青が、あまりこたえていないようなのが救いだ。彼の場合周囲が病気だったり疲れていたりすると、むしろ逆に自分が元気になってしまうという傾向があるようだ。
おそらく明日もまた同様の日が続くだろうと、夕食を取ったあとは早めに風呂に入り、いつものように離れに布団を敷いて青と寄り添って床に入った。
寝入りばなに、そういえば今日はクリスマスイブだった、と思い出したが、隣の青はもう目が半分閉じているし、自分も眠気に負けそうだ。恋人らしい甘いことは年末休みまでお預けだな、と諦め、正人もいさぎよく睡魔に身を任せた。
その夜のこと……。
隣にいた青がわずかに動いた気配に、正人はぼんやりと夢から覚める。眠っていても青の微かな身じろぎひとつで目が覚めてしまうのは、少年時代の別れのときの悲しさが、無意識下に残っているからなのかもしれない。
布団からそっと出た青は、足音をしのばせ部屋から出て行ったようだ。
(トイレか……?)
半分まどろみながら待っていたが、青はなかなか戻ってこない。目を開けて枕元の時計を見ると、まだ夜中の二時だ。
これまでも青は真夜中に起き出しては縁側に出て、星を眺めていたりしたことがあった。ただ、今夜はかなり寒い。彼が寒さには強いのは知っているが、さすがに心配になってきたところで、そーっと障子の開く気配がして正人はあわてて身を硬くした。
寝たふりをしたのは、青がなぜか異常に物音を立てないように気を付けているのがわかったからだ。正人が起きてしまったのを知ったら、彼のことだ、きっと申し訳なさそうな顔をするに違いない。
それにしても変だ。青はなかなか布団に戻ろうとしない。それどころか、そうっとそうっと布団を通り過ぎ、細心の注意を払い押入れを開け、中をがさがさ探っている様子だ。
どうしても気になり薄目を開けた正人は、思わず声を上げそうになってしまった。
こちらに丸い背を向けて押入れに頭を突っ込んでいる青は、なんと生物姿に戻っている。しかも和子からのプレゼントの、この季節にはやっぱりあれでしょう、という例の赤い衣装を着て。
2日前の日曜日、前倒し家族クリスマス会のあと離れに戻ってからのことを、正人は思い出した。
正人の可愛い抱き枕のオオサンショウウオちゃんに、と和子がくれた、手製のサンタの衣装を身に着けた青はとても嬉しそうだった。先っぽに白いポンポンがついた赤い帽子と、白いポンポンボタンが3つついている赤の上着は青にとてもよく似合って、サイズもぴったりだ。
ひょっ、ひょっとポーズを取ってみたりしながら、鏡に映った自分の姿を何度も確認するその可愛らしい姿を正人も飽くことなく眺めていたら、青がふと考え込むような顔で聞いてきた。
(ねぇ、正人。和子お母さん、『サンタさんのお洋服』って言っていたけど、サンタさんっていうのは小峰さんのおじいちゃんのこと?)
常連高齢患者の小峰氏は下の名前を『三太』という。正人は笑って手を振る。
「いやいや、小峰さんは関係ない。サンタクロースのことだよ」
(サンタ、クロース……?)
知らない単語に、青は黒い宝石のようなつぶらな瞳をパチパチと瞬いた。
「そう。クリスマスイブの夜に、よい子の枕元にクリスマスのプレゼントを置いていってくれる人だ」
ええ~っ、と、相当驚いたらしい青が短い両腕をぱっと開いてのけぞる。
(正人、ぼくは知らなかったよ! そんな偉い人がいたんだね。ねぇ、サンタさんは大変だね。だって世界にはよい子しかいないから、プレゼントはひと晩で配り終わるのかな?)
必ずしもこの世の子どもは『よい子』ばかりではないかもしれないが、そこは青だ。信じているのならあえて正さないでいてやりたい。
よほど心配になったのだろう。青は、できれば自分が手伝いたいくらいの勢いでサンタを気遣っている。
「まぁ、大丈夫なんだよ。サンタは世界に一人じゃなくて、何人もいるからな。それぞれ地区の割り当てがあるんだ」
本当はほとんどのよい子のプレゼントはサンタに代わって親が置いているのだが、ここはあえて夢を持たせたままでいてやろうと、正人は適当なことを言ってごまかした。純な恋人はもちろん信じてしまう。
(そうなんだね! それなら安心したよ。子どものとき、正人のところにもサンタさんは来てくれたの?)
「いや、俺のところには来なかったな。ほら、村にいたときは寺にいただろう?」
(えっ、お寺には来ないの?)
「そう、来ないんだよ。宗派が違うから」
正人のわけのわからない苦しい説明を、青はうんうんと帽子のポンポンを揺らして頷きながら聞いている。
「それにこっちに来てからは、もう小さな子どもじゃなかったから。プレゼントは両親からもらってたな」
(そ、そう……)
青がなんとなくしょんぼりしたように見えて、正人はややあわててしまう。
「青、どうした?」
(だって、正人は誰よりもいい子だったのに……。サンタさんに、ぼくから頼んであげられればよかったね。お寺にも、とてもとてもいい子がいるんですって)
どうやら正人のところにだけサンタが来てくれなかったことを、寂しく思ってくれているらしい。
確かに幼少期の正人は、サンタどころかクリスマスですら無縁だった。村の子どもたちが公民館のクリスマス会に呼ばれても正人だけは行かなかったし、イブにケーキなんて食べたこともなかった。最初から何も期待していなかったのでそれを寂しいと思ったこともなかったけれど、青が自分の代わりにしょんぼりしてくれたのを見てなんとなく胸が温まってくる。
「いいんだよ、青。そのかわりに俺は大人になってから、毎年楽しいクリスマスを過ごせてるんだから」
青の手製の大きなケーキと、いつもよりちょっと豪華な和子と琴音の心のこもったご馳走が並んだテーブルを囲んで、家族で祝うクリスマス。昔の分を埋め合わせるように、とても楽しいひとときを過ごせている。
それもすべて、彼が自分と出会ってくれたおかげだ。青の存在こそが、正人にとって人生最高のプレゼントなのだ。
「それに、俺はもうサンタから一生分のプレゼントをもらってるしな。そのプレゼントがすごすぎて、あとでばちが当たるんじゃないかと心配になるくらいだ」
肩を落としているもとの姿の恋人を抱き寄せると、青はうん? と可愛く首を傾げた。
(正人にばちは当たらないよ。もしもどうしても当たるときは、ぼくに代わりに当ててもらうから、正人は心配しなくても大丈夫だよ)
当然のように言って目を細める青が愛しすぎて、正人は背中の花模様をくるくるとなぞってやった。青はくすぐったがって、もじもじしながらにこにこと笑った。
そんなことがあったのが、一昨日の夜。今目の前の青はわざわざもとの姿に戻り、そのときのサンタの衣装を着て、押入れから何か大き目の包みを引っ張り出している。
(一体何をしてるんだ……?)
障子越しに差し込む月の光だけでは、何を取り出しているのかよくわからない。押入れの戸をわずかな音も立てないようにそろそろと閉める青を窺いながら、とにかく寝たふりを続けたほうがいいように感じ、正人は目を閉じてじっとしていた。
青が包みを持って近付いてきているのだろう。カサカサという音が近くなる。そしていよいよそばに来ると、それはそっと枕元に置かれた。
そうか、これはサンタだ、とわかった瞬間、正人の胸に言い知れぬ温かいものがこみ上げる。
サンタに来てもらったことがない正人のために、青は自分がサンタになってプレゼントをくれるつもりなのだ。
――正人にも何か、いいことがあるかもね。
今朝診察室で彼が見せた笑顔が浮かび、胸がいっぱいになる。
青はそのまま、正人の枕元でじっとしているようだった。やがて何かが髪にふわっと触れる感じがして、そのまま優しく撫でられた。もとの姿の彼の小さな手だとわかり、寝たふりがつらいくらい心が愛しさで満ちてくる。
しばらくそうして正人を撫でてからそっと離れた青は、足音を忍ばせて部屋を出て行った。
着替えてきたのだろう。やや時間を置いて戻って来たのは人間姿の青で、こっそり布団にもぐりこんできた体は少しひんやりとしている。
うふふ、と小さく笑う気配がして、もうたまらなくなった。正人は寝ぼけたふりをして寝返りを打つと、さりげなく青を抱き締める。「おやすみ、正人……」と小さな声が耳に届き、そっとそっと、抱き締め返された。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。目覚ましのアラームで目を覚ますと、青はもう隣にはいなかった。
「おはよう、正人」
起き上がった正人に、早くも着替えをすませた青が挨拶する。普段と変わらぬ明るい笑顔だが、いつもよりも少しだけ何かを期待している感じが伝わる。
「おう、おはよう、青」
正人はちょっと眠そうなふりで目をこすってから、できるだけわざとらしくならないよう注意しながら視線を枕元に移した。
「おっ、何だ? こんなところにプレゼントが置いてあるぞ!」
やや棒読みになってしまいながら、命の花のような空色の包装紙に青いリボンがかかった包みを取り上げる。
「えっ? あれ? 本当だ! 正人の枕元に置いてあるから、きっとサンタさんからの正人へのプレゼントだねっ」
セリフもちゃんと考えていたようだ。青も正人に増して棒読みで、緊張しているのが丸わかりである。吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だ。
「へぇ~、俺のところにもサンタが来てくれたんだなぁ。そういえば昨夜寝てるとき、聞いたような気がしたんだよ、鈴の音を。あれはサンタの乗って来る、トナカイのそりの音だな」
「えっ! そ、そうっ? そそそそういえば、ぼくも聞いた気がするよ! サンタさん、正人にプレゼントをあげ忘れたことを思い出して、ちゃんと来てくれたんだね。正人……嬉しい?」
「ああ、もちろん! すごく嬉しいよ。本当に、最高だ」
こちらは棒読みではなく、心からの感想が自然に飛び出した。
品物それ自体ももちろんだが、正人のことを思いやりサンタになってくれようとした青の気持ちが嬉しい。それだけでもう、何よりも素晴らしいものをもらった気がする
「よかった……」
ほわっとした青の笑顔を見て、思わず瞳が熱くなってきてしまった。
「な、何だろうな、早速開けてみよう」
涙ぐんでしまいそうになったのをごまかそうと、正人はプレゼントの包装を解いていく。
中から出てきたのは綺麗な深緑色の、温かそうなセーターだ。このところ青が和子に教わって何やら編んでいたのは知っていたが、自分への贈り物だったのか。
「へぇ、これはいいな! こういうのが欲しかったんだ!」
「そ、そうっ? 正人、着てみせて」
「どれ……おっ、ぴったりじゃないか。どうだ? 似合うか?」
「うん! すごくよく似合うよ! 正人、とてもかっこいいよ」
お世辞ではないようだ。青は嬉しそうに何度も大きく頷く。
「デザインもいいけど、この色がいいよな。おまえの体の色に似てるから、いつも一緒にいるような気分になれるし」
「そ、そうでしょうっ? その毛糸はね、和子お母さんがよく行くお店に一緒に連れて行ってもらって、ぼくが選んだんだよ。正人に似合うかなと思って」
サンタからのプレゼントという『設定』なのに、テンションが上がった青は一気に話し出す。
「初めて会ったとき、正人がぼくのことを綺麗な色って言ってくれたのが、ぼくはとても嬉しかったんだ。だからその色にしてみたんだよ。編み物はまだ始めたばかりであまり上手じゃないんだけれど、とても温かそうにできたでしょう?」
頬を少し染めて興奮気味に力説する恋人が可愛くて、正人はついクスクスと笑ってしまった。
「ああ、すごくあったかいよ。ありがとう、サンタさん」
「あっ……」
しゃべりすぎたとやっと気付いたようで、青は両手で口をふさぐ。
「世界一可愛くて優しいサンタが届けてくれたとこ、実はちょっと薄目で見てた」
「ま、正人……起きてたの。ご、ごめんね、ぼくがガサゴソしてたから、音で目が覚めちゃったんだね。正人は疲れてたのに……」
おろおろとあわてる恋人が愛しすぎて、両手を伸ばし思い切り抱き締めた。
「何謝ってるんだ、馬鹿。ものすごく嬉しかったよ。何しろ俺のところに、人生初めてのサンタが来てくれたんだからな」
「で、でも、ぼくは偽物のサンタさんだよ?」
「俺にとっては本物のサンタだよ。なんたってこれまでで一番嬉しいプレゼントをくれたんだから。セーターだけじゃないぞ。気持ちもだ」
「気持ち……?」
「そうだよ。おまえ、俺のところにサンタが来なかったことを知って、自分がサンタになってくれたんだよな。当時の俺は何とも思ってなかったはずなんだが、もしかしたら寂しかったのかもしれない。おまえのおかげでそれがわかって、救ってもらったような感じになった。俺はセーターと一緒に、もっと大事なものをもらったんだ」
正人の話を聞いていた青は、ハッと気付いたように目を大きく見開いた。
「それ、ぼくも同じだ。泉のほとりにひとりでいたときにはね、それが当たり前だと思っていたんだけど、正人に会ってから、本当はすごく寂しかったんだなってわかったんだよ。ぼくも、正人にいっぱい救われたんだ」
だからおあいこだね、と恋人が笑ってくれる。その笑顔に、正人はまた救われる。
彼にもらったあまりにもたくさんの救い。そのわずかでも、自分も彼に返せているのなら本当に嬉しい。
これからも正人はおそらく、青の優しさに何度も救われるのだろう。同じだけのものを返していけるかどうかなんてわからない。彼の与えてくれる救いは、とてつもなく大きくて深いものだから。
けれど自分も精一杯、彼を愛しながら生きていこう。互いに手を取り合って痛みを癒し合い、悲しみを喜びに変えながら、これからも一緒に歩いて行こう。
本当の別れが来るそのときも、つないだ手をずっと、離さないでいよう。
「本当にありがとうな、青」
もう一度、何よりも大切な言葉を伝えた。
「ぼくも、ありがとうね、正人」
大切な言葉が返ってきて、そっと手が重ねられた。ぬくもりが胸にしみ、瞳を熱くする。こうして寄り添っているだけでわけもなく涙がにじんでくる、そんな存在がそばにいてくれることがとてつもなく尊い。
「……あ、そろそろ起きないとだね。今日もいっぱい患者さんが来るよ。がんばらなきゃっ」
時計を見てあわてて正人から離れ、真面目な顔できゅっと拳を握る恋人の腕を摑んで引き止めた。
「待て待て、もうひと言、言い忘れた」
「うん?」
「メリークリスマス、青」
首を傾げたその唇にチュッと軽くキスをすると、青は真っ赤になってパッと両手で口を押さえてから、もじもじととろけるような微笑みを見せてくれる。
「正人、メリークリスマス」
恥じらった可愛い声が届いて、今までで一番しあわせなクリスマスの日が始まった。
☆ END ☆
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