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可愛い魔物のハッピーニューイヤー

 カコン、カコン、と心地よく弾む音が、世向家の広い庭に響き渡る。その合間に挟まれる、歓声や笑い声。 「いくぞ、それっ!」 「OK、まかせて!」 「ああーっ、惜しい!」  2対2になって向かい合い、羽子板片手に夢中になって羽根をついている4人の大人たち。正人&青チームVS琴音&坂本チームの第1回羽根つき大会は、まさに今佳境を迎えようとしていた。  とはいっても接戦というわけでは決してなく、現在のところ14対5で琴音&坂本チームが圧倒的に有利な状況だ。  運動神経には相当な自信があり、学生時代はテニスでも卓球でも負け知らずだった正人だ。よもや動きづらそうな振袖の妹と、気張って和装で決めてきた親友に負けるわけにはいかない。 「これでどうだ!」  スナップをきかせた鋭いショットを、病弱だったとは思えない元気な琴音が「えいっ」と見事にリターンしてくる。 「正人、ぼくが……!」  高々と上がった羽根を見上げながら、相棒が勇ましく羽子板をかざす。だが、あわあわと右に左に体を揺らしているうちに、無情な羽根が額を直撃、こてんとその場に尻もちをついてしまった。  笑ってはいけないと思いながらも、その様子があまりにも可愛すぎて、正人はつい爆笑してしまう。琴音と坂本もこらえきれず口元を押さえている。  試合開始からずっとこの調子で、運動音痴の青がチームの足を引っ張りまくっているのだが、勝敗なんかもうどうでもいいくらい恋人のひょうきんプレイは愛らしくて、新年早々正人を上機嫌にさせていた。 「ま、正人、ごめん……」 「ドンマイ。俺がすぐに取り返してやるから大丈夫だ」  立ち上がりしょぼんとうなだれる青の尻についた草を、正人が丁寧に払ってやったところで、 「お餅と甘酒ができましたよー! 冷めないうちにいらっしゃい!」  和子の声が母屋から聞こえてきた。 「いや~、なんか思った以上に楽しかった! 羽根つきなんて俺、生まれて初めてやったよ。世向家じゃ毎年やってるの?」  まだ興奮気味に頬を火照らせている坂本の肩を、琴音が笑って叩く。 「馬鹿ね、そんなわけないじゃない。でもいい機会だから、今年から恒例にしようか。次は父さんと母さんチームも参加してよ」 「おっ、それはいいな」 「あらあら、お父さんったら張り切って」  食卓が明るい笑い声で満ちる。  青が世向家にやってきて二度目の正月だ。ダイニングテーブルの上には、食べきれないほどのからみ餅やあべかわ餅が並んでいる。坂本が持って来てくれたつき立ての餅はとてもおいしく、運動した後のすきっ腹にどんどん入っていく。 「青、喉にひっかけないようにして食べろよ」 「うんっ」  青もはふはふ言いながら餅を頬張っているが、食べるのが致命的に下手だ。みょーんと伸ばしてしまいながらうっうっとか困っている様子が、またたまらなく可愛らしい。見かねた正人は、箸で餅を食べやすい大きさに切ってやる。  顔を上げると、目が合った琴音がニヤニヤと笑っていた。 「おい、なんだよ?」 「いいえ~別に。それより、青君にはホント笑かしてもらったわ。珍プレイ続出で」  琴音の気遣いのないぶっちゃけすぎの一言に、坂本と正人が思い出し笑いを漏らすと、 「ぼ、ぼくは羽根つきは初めてだったんだから、仕方ないよ。来年のぼくはきっとすごくなるよ」  と、やっと餅を飲み込んだ青が、頬をふくらませ反論する。 「兄さんとしょっちゅう野球やってるから、スポーツ得意なのかと思ってた。ひょっとして、野球のときもあんな感じなの?」 「ああ、まぁ、大体あんなもんだな」  ボールを取り損ねてすっ転んだり、無駄にくるくる回ったり、これがまたとてつもなく可愛いんだ、とつけ加えようとする正人の口を、青の右手が覆う。 「やきゅうは、ぼくはもうベテランだよ。大きいのを何本も打っては、正人をぎゃふんと言わせているんだよっ」  いっぱい食べなさい、と和子に差し出されたお代わりの餅の皿を受け取りながら、青が胸を張る。琴音はいかにもおかしそうにその主張を聞いているが、やや天然の坂本は本気にしたらしい。 「へえー、青君って見かけによらず強打者なのか。もしかして野球部だったの?」 「野球部? じゃなかったけど、ぼくはずっと自主練習を続けてたんだよ。コウシエンを目指して」  うふふ、と自慢げに笑う青の頬は、なんだか上気している。それに、いつもはおとなしくにこにこしながらみんなの話を聞いているだけなのに、今日はやけによくしゃべる。 「ぼくはいつもやきゅうをしていたんだ。投げては打ち、打っては投げの特訓の毎日だよ。今ではちょっとこう、振っただけで当たってね、球が遠くに飛ぶようになったよ」 『ちょっとこう』と言いながら、やや腰を浮かせ尻を振った青に正人はぎょぎょっとする。 「あらまぁ、青君はすごいのねぇ」  と言いながら、和子が甘酒のお代わりをついだカップを差し出すのを見て気付いた。確か、それはもう3杯目だ。おそらく青は酔っている。甘酒で。 「和子お母さん、ありがとう。これとてもおいしいね」  と言いながら、青は受け取ったカップを傾けコクコクと飲み干してしまう。 「お、おい青、おまえちょっと飲みすぎじゃないか?」 「やだー兄さん、甘酒くらい大丈夫でしょ。過保護すぎよ」 「そうだよ、正人はカホゴすぎだよ。ぼくはこれ、とても甘くておいしくて大好き。もっといただきたいので、お母さん、お代わりお願いします」  和子にカップを差し出す青を、正人ははらはらと見守る。正人の記憶が正しければ、青が酒類をこんなに飲むのはこれが初めてだ。去年の正月のお屠蘇は口をつけたらあまりおいしくなかったのか、全く飲もうとしなかった。なので実際、酔っぱらった彼がどうなってしまうのかは想像もつかない。 「へえー、じゃあ今度は羽根つきじゃなくて、野球で対決といこうか」  坂本が余計なことを言い出すと、青はきゅっと両拳を握った。 「望むところだよ。ぼくと正人のやきゅうはすごいよ。だって、夜に秘密の練習もしているんだ」 「おい青っ」  たまに夜更けに近くの運動公園に出かけ、もとの姿に戻った青と野球をしていることをバラされそうになり、正人はさすがに焦る。 「えっ、なになに? 夜に野球? 兄さんと青君が二人で?」  そういう失言を決して聞き逃さない、鋭い妹が身を乗り出した。 「そうだよ。ありのままの姿に戻ったぼくは、四番打者としてさらにパワーアップするんだ。正人はもうたじたじだよ。ぼくがこうやって、尻尾で……」 「あーっ! 青、おまえちょっと今日は張り切りすぎて疲れただろう!」  椅子を蹴る勢いで立ち上がった正人は、青の自慢話を遮りその腕を掴む。 「もう部屋に戻って昼寝した方がいいぞ。まだ無理はできない体なんだからっ。ほら、来いっ」 「えー、ぼくはお母さんに、甘酒のお代わりを……」 「駄目だっ」  何よーもっと話聞きたいのにぃ、とか騒いでいる声を背中で聞き流しながら、正人は青の体を抱えるようにして離れに引っ張っていった。おとなしく正人に寄りかかりながら、ほわんとした顔で何かもにゃもにゃ言っているのを座布団の上に横たえると、青はとろんとした目で見上げてきてにこっと笑った。 「正人、ぼくは今日、初めて羽根つきをして、甘酒を飲んだんだよ」 「ああ、そうだな」 「お正月は、とても楽しいね……ぼくは、カレンダーの、今日のところに……花丸を、つけて……」  なんだか輪郭がぼんやりしてきたと思ったら、次の瞬間には青はもとの姿に戻っていた。間一髪だった。あのまま食卓で飲ませ続けていたら、あの場で戻ってしまっていたかもしれない。 「おい、青?」  心の声の返事はなく、青はすやすやと眠り込んでしまっている。どんないい夢を見ているのか、その顔はほんわかと微笑んでいるようだ。  泉のほとりにひとりでいたときは日々は淡々と過ぎていくだけで、彼にとって『特別な日』というのはきっとなかったのだろう。これからは季節ごとにたくさんの楽しいことを経験させ、思い出を作っていってやりたい。 (俺も一緒にな……)  肩まで毛布をかけて、甘いお酒でほかほかと温まった丸い頭を撫でてやる。羽子板を持ってちょこちょこと小さな羽根を追う、魔物姿の恋人を勝手に想像しながら、正人はまた笑ってしまった。 ☆ END ☆

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