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第12話
※R-18
「あっ……や、マスターっ……何で、こんなあ……っ!」
ベッドの上で膝をつき上体をシーツに埋めていたマキが、突然の刺激に背中をしならせる。その手首はそれぞれ手錠によって自身の足首と拘束され、目元には柔らかい布がかかっていた。
彼が身悶えする度、浮いた尻からアナルプラグのコードが見え隠れする。それは昨晩、プレイパーティーの時に、道具屋が良明のコートのポケットに忍ばせたものだった。
「どうしてって、話し合うためだよ」
マキの傍ら——ベッドの端に座った良明は、手にしたリモコンでプラグの強さを上げた。高く途切れがちになったマキの声が、部屋に木霊する。
日はとうに登ったが遮光カーテンで完全に締めきられているせいか、部屋は夜のように暗い。唯一、廊下からもれる白熱色の明かりだけが、ドアに嵌まった磨りガラスを通してぼんやりと差し込んでくる。
「は、話し合うって……?」
嗚咽の間から、マキは言葉を絞り出した。目を覆う布越しに良明を見透かそうとしているかのように、きょろきょろと辺りを見回している。
「志倉さんが言っていたんだ。主従には話し合いが大事だって。でも君は、すぐに色んなことに気をとられてしまうだろう? 特にベッドの上では」
しっとり汗ばんだ太ももを横から撫でると、びくりとマキが身体を跳ね上がらせた。良明は構わずに相手の尻の方まで指を滑らせる。そして「んっ」と小さな息をもらしたマキの耳元に、顔を近づけた。
「だから、耳と口──話し合いに必要なところ以外は、全部ふさがせてもらったよ。ちなみにここも、僕が許可するまでイッちゃ駄目だから」
完全に勃ち上がり、白い滴をこぼしているマキの前のものを、ぴんと指で弾く。するとマキは電撃にでも打たれたかのように背中をしならせ、さらにシーツに上体を埋める。必然的に尻を突き出す形になり、中に入ったプラグが前立腺のあたりを刺激する。
「ふあぅっ……!」
「マキ。動いていいと誰が言った? 遊んでいないで集中しなさい」
プラグのパワーをさらに上げると、マキは間延びした長い声を上げてから、良明の命令を思い出したのか、おずおずと良明の声がする方に上体を向ける。
「話し合うって、あっ……何をっ……?」
「君のこと。君が何を求めているのか、とか」
「何をって……」
「痛み、って言うつもりだろう?」
良明はベッドの端から、わずかに身を乗り出した。ギシッとベッドがしなっただけで、マキは小動物のようにぴくりと過敏に反応する。さらに良明がマキの屹立の裏側をそっと撫で上げると、すすり泣きのような声を上げた。
「んっ、んっ、お願いっ……!」
「駄目だ。これはおしおきだから。君の喜ぶものはあげられないよ。もちろん痛みも。今日、君が学ぶのは我慢を覚えることと、人の話を聞くことかな?」
噛みしめたマキの唇の間から反抗なのか、降伏なのかわからない呻きがもれる。
「それくらい……できる……」
「本当? じゃぁ、試してみようか?」
リモコンの強さをもう一段階上に上げると、マキは一瞬びくりとしたが、刺激を抑え込もうと身を縮めた。だが腰だけはいいところを求めて、ゆるやかに波うっている。
「マキ、動いちゃダメってさっき言ったばかりだろう? やっぱり話、聞いてなかった?」
中のプラグごと刺激するよう尻を軽く叩くと、マキは姿勢をなんとか保たせたまま、声だけを震わせた。
「あっ、聞いてた……からっ、これとってっ……! お願いだからっ……!」
「ダメだよ。僕は、我慢できない子には何もしてあげられない」
ひゅっと短い息が飲まれる。良明は相手を焦らすように、わざとゆったりとした調子で言う。
「あぁ、そういえば、他のセーフワードを決めていなかったね。何か決めているものはある?」荒い息だけが返ってきて、良明はさらにプラグの強さを上げる。マキはひときわ高い声で鳴くと、痙攣するように首を振る。
「ないっ……他のセーフワードは決めてない……だからっ……」
マキの無言の懇願通り、リモコンの強さを最小にまでしてやる。すると、相手はほっと安堵の息をついた。
「そっか。じゃぁ、基本通り、『もっと』はグリーンで、『タイム』はイエロー、で『ストップ』はレッド──じゃなくて、オレンジだったっけ?」
こくこくと頷くマキから身体を離し、良明はベッドの端に座り直した。相手の気配が感じられなくなったことに混乱しているマキの視線を感じながら尋ねる。
「そういえば聞いていなかったけど、どうしてオレンジなの?」
「…………」
「マキ。また同じことを言わせるつもりなの?」
プラグの強さを一気に最大限に上げると、マキは驚きと強すぎる刺激のあまりに身体のバランスを崩した。良明はその身体を正面から抱き込むと、自らの膝元に跨がらせるように座らせた。スウェット越しに、マキの中を犯している道具の振動を感じる。
「マキ」
良明はすぐ目の前にいる相手の顎を掴むと、噛みしめて真っ赤に腫れた相手の唇に親指を沿わせた。
「いい? 僕が次に質問した時は、すぐに答えること。わかった?」
「……は、はい。マス、ター。ごめ、ごめんなさいっ……」
刺激でほとんど泣きだしそうなマキを見て、良明はプラグのスイッチを完全に切る。そして安堵と余韻に震える身体を手で支え、相手に息を整える時間を与える。
「──親が生きてた頃……」
やがて、マキがぽつりと話し始めた。
「オレンジの屋根の小さなアパートに住んでたんだ。親の顔はよく覚えていないけど、そのアパートの屋根の色はなぜかよく覚えていて……」
「だから、セーフワードに選んだの? 家が君にとって〝安全〟だったから?」
首を振った時、マキの長めの髪がさらさらと肩にこすれる。
「わからない……別にそこまで考えたわけじゃないし……」
「そう。でも話してくれてありがとう。君にとっては辛い話なのに」
するりと頬を撫でてやると、マキは次に何がくるかと身構えたが、他に意図がないとわかり、良明の掌の感触に身を委ねた。
「話してくれたご褒美に、これ、抜いてあげるね」
両手でマキの尻の頬を広げさせ、指で器用にプラグのコードを抜く。するとマキは詮の抜かれたシャンパンのような高い声を上げ、良明の上半身に身をぐったりと預けた。汗でほんのりと濡れたその髪を、良明は優しく撫でる。
「もし君がいい子にしていたら、一つ一つ外していってあげるから。じゃぁ、もう少し話そうか?」
囁くように言うと、ふるふるとマキが良明の肩口で首を振った。熱く荒い息が、良明の胸元の皮膚をくすぐる。
「今は無理っ……できないっ……」
「どうして?」
静寂のあと、マキは良明の肩に手を置き、わなわなと唇を震わせた。
「ほ、欲しいっ……!」
「欲しいって、何を?」
冷ややかな声で言うと、マキは愕然と口を開けた。やがて我慢できなくなったのか腰の位置を上にずらし、スウェット越しに良明の屹立に尻をこすりつけてきた。
「これ、欲しいっ……」
「でもまだ話し合いが終っていないよ。我慢してもらわなくちゃ困る」
「無理っ……中、熱くて何も考えられないっ……!」
肩にぐりぐりと額を当ててくる相手に、良明は自身の身の中で暴れる奔流を何とか制しながら、わざとらしく大きなため息をついた。
「君は本当に、何かにふさがれてないと気を取られちゃうんだね。しょうがない。これはプラグを抜いちゃった僕のミスだから」
良明はスウェットの前をくつろげさせ、そり立ったものをマキの尻の間に沿わせた。時折、先端で入口を刺激してやると、マキが切なげに身を捩らせる。
「君は、そんなに入れられるのが好きなの?」
耳朶を舐っただけで、マキはもう我慢できないという声をもらした。
「うっ……ん、好きっ……入れられるの、好きっ……」
「痛いのより?」
マキは息を飲み、きつく唇を噛みしめた。一体、どこまで強情なのか。良明は相手の腰を掴むと、自らのものをマキの中に埋め込んだ。やっと与えられた刺激に、マキはほとんど泣きかけの歓喜の声をもらした。
だが再び自身を深く埋め込む前に、良明は相手の尻を掴んで止める。
「あっ、マスター、なんでっ……?」
不満と抗議の声が上げる。良明は相手の頬に手をかけると、ふるふると首を振る。
「マキ。僕はまだおしおきが終わったとは言ってないよ。さぁ、君のことを話して。まずはそれからだ」
「お、俺のことって……」
待ち望んだものがすぐそこにあるのに得られない焦燥から、マキはほとんど泣きそうだった。そんな彼をさらに追い込むように、良明は埋め込まれた先端をわずかに上下させる。
「じゃぁ、まずは君の名前から。マキってのは本名じゃないだろう?」
「そうだけど、あっ……」
「教えて。何でマキって名乗っているの。この世界だけの通り名って聞いたけど、何か理由があるの?」
中途半端なところで再び止まってしまった動きを乞うように、マキは顔を伏せたまま背中を震わせる。
「これは……マスターが──初めてのマスターがつけてくれた名前なんだっ……!」
かすれたマキの声には、欲情以外の生々しい感情がにじんでいた。
「初めてって、君を調教したマスター?」
頷いたマキを見て、良明は嫉妬で焦げ付きそうだった。今すぐ怒張した自らのものをマキの奥に突き立てて、一つ残らず犯して奪い取ってやりたい。
激しい欲望と怒りに浚われそうになりながらも、良明は自分を抑え込むため、以前堂島がしていたように目を閉じ、波が収まるまで待った。それは完全に収まることはなかったが、再び喋れるまでの冷静さを取り戻すと、顔を上げ、緊張と不安から布越しに主人を窺っているマキに、にこりと微笑んでみせる。
「話して。そのマスターのこと。彼はどんな人だった?」
穏やかな声音にほっと息をついたマキは、言葉を探すようにぽつぽつと話し出す。
「マスターは──宍戸 さんは、堂島さんたちのクラブ──信頼できるサブとマスターを束ねているアングラ組織の初期創設者で、堂島さんすら頭が上がらないほどの有名なマスターだったらしい」
「らしい……?」
こくりとマキは頷く。
「俺が彼のサブになった時、宍戸さんはもう六十代で、組織からもマスターからも引退していた。刑事の仕事も辞めて、槙 林に囲まれた郊外の別荘で静かに暮らしていたんだ」
「え……ちょっと待って、六十代って……君、彼と会った時は何歳だったの?」
「十七」
「それって、犯罪じゃないか。たとえ君の意志があろうとなかろうと。そんなの──」
「違う。俺たちは、そうゆうんじゃない。宍戸さんは俺に指一本すら触れなかった。彼が俺にしたことといえば──」
マキは、急に喉が塞がれたように口を閉じた。長い長い沈黙が流れる。良明は先を命令しようかとも思ったが、マキの唇が言葉を紡ごうと動いているのを見て辛抱強く待った。
やがて、マキがぽつりぽつりと話し出す。
「彼がしたことといえば……十年以上前に亡くなった彼のサブがいかに素晴らしく、いかに自分の人生に喜びと刺激と安らぎを与えてくれたか、時々語るくらいだった。それ以外は将棋につき合わされたり、買い物で荷物運びをさせられたり……まぁ、介護みたいなことをしていた。そう言うと本人は猛烈に怒ったけど。一晩ご飯ぬきのおしおきをもらったこともある」
そう言うマキの顔は穏やかで懐かしさで満ちていたが、声の奥底には拭いきれない痛みと哀しみがあった。
「彼は今、どうしているの……?」
「亡くなったよ」という言葉は、良明の耳に染み込むのに少し時間がかかった。
「俺をサブとして拾ってきた時点で、彼はもうガンの宣告をされていた。一年以上は生きられないと、医者から言われていたみたいだった」
「じゃあ、何で彼は君をサブに……?」
「彼には必要だったんだ。自分の亡くなったサブがどんなに誇りと愛情をもって彼に尽くし、宍戸さん自身も彼を所有してどんなに満ち足りていたかを、俺に語ることで思い出す必要が。彼の、最期の時だからこそ」
マキの唇はわなわなと震えていたが、きっとそれは宍戸との思い出を惜しんでいるだけではないと良明は直感していた。
「君は……彼のことが好きだった?」
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3/22(火)
本日、『マイ・フェア・マスター』のPV増加数の方が
19ビュー分(驚)多かったので、こちらを更新させていただきます。
動画を見てくださった方、ありがとうございます!
〈現在レース更新中〉
↓↓以下の作品の動画のPV増加数に応じて、
その日更新する作品を決めさせていただいていますm
◆『マイ・フェア・マスター』(SM主従BL)
https://youtu.be/L_ejA7vBPxc
◆『白い檻』(閉鎖病棟BL)
https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ
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