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<塁の幸福>

 普段は求められれば面倒くさいと切り捨てる塁が、自分を求めて欲しいと、初めてそう願った相手が碧だった。それだけではない。誰かを護ろうとしたのも、優しく甘やかすようなことをしたのも、心の底から欲しいと思ったのも、どれもこれも全部、碧が初めてだ。  けれど、碧の中にはいつも見えない壁があった。  うれしい、とは口にしてくれる。けれど、それ以上は何も望みはしない。常に一定の距離を置かれている感覚は消えず、きっと、自分が手を離してしまえば、それで終わってしまうのだろうという焦燥感のようなものにずっと苛まれていた。  もちろん、碧を手放すつもりはこれっぽちもなかったから、掴んだ手を離しさえしなければいいと、塁はそう自分に言い聞かせていた。  あのアルファの姿を、見るまでは。  それまで楽しそうに笑っていたはずの碧から、ふっと表情が消えていくのがわかった。と同時に、せっかく開き始めていた碧の心が音もなく閉じていくのも。  ふざけるな、と思った。だから、半ば強引に碧の過去に踏み込んだのだ。  オメガらしくないからと、アルファに期待することをやめてしまった哀れなオメガ。  浅はかで愚かなアルファのことなんかきれいさっぱり忘れて、くだらない周囲の勝手な評価なんか無視して、今、目の前で、碧を欲しがる自分を見て欲しい。  そんな風にいくら塁が願ってみても、それでも碧は見えない壁を作り続ける。  そうしてやってきた発情期に、ますます碧は自分を閉じ込めていく。  初めて出逢ったあの日と同じように、目の前にアルファがいるにも関わらず、ぎゅっと身体を抱え込み一人で耐えようとするオメガ。塁がどれほど言葉を尽くしても、碧は「だめ」を繰り返すばかり。  求められないことがこんなにも苦しいことだなんて、知らなかった。  自分を欲しがれだなんて、傲慢なアルファの身勝手な言葉だと自分でも思う。でも、それが塁の本音だった。自分が手を離さなければいいだけだと、強がることもできない。  だから、今――碧に求められているというこの歓びを、どう表現すればいいのだろう。  たまらず碧の唇に噛み付けば、しがみつくように碧の腕が身体に巻きついてくる。どんどんと濃くなる甘いオメガの香りが、塁のアルファとしての本能を剥き出しにさせた。  全部、自分のもの。甘いこの香りも、顔も、声も、髪も、何もかも全部全部、自分のもの。  何度も飽きることなく唇を食みあっていると、ずるっと碧が塁にのしかかるように滑り落ち、ここがソファだったことを思い出した。  しがみつく碧をそのまま抱き上げ、塁はベッドルームへと場所を移す。  剥ぎ取るように服を脱がせ、背後から碧にのしかかった。  優しく手順を踏んで、なんて考えている余裕がない。とにかく、早く、早く、と本能が求めるままに碧を組み敷く。  碧の方も一切の抵抗を見せることなく、求められるままに塁にその身を委ねてくる。   そうして、前戯と呼べるものは何もなしに、一気に碧の奥まで貫いた。    甘く塁を呼ぶ声に、いっそう濃くなる甘い香り。碧のすべてが、そんな塁の乱暴な振る舞いを受け入れ許す。背後から覆いかぶさるように、柔らかくほどけてゆく碧の身体を抱きしめうなじに舌を這わせれば、碧の身体はビクビクと震え顕著な反応をみせた。  意識するまでもなくじわじわと根元に熱が溜まり、碧のナカで栓になる。 「……碧」  耳元で名前を呼べば、碧のナカが激しくうねった。 「噛みたい、……噛んでいい?」  そう問えば、碧は顔をこちらへと向ける。その拍子に、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちた。 「……っ、噛んで、……塁に、噛んでほしいっ」  はっきりと言葉にしてくれた碧の優しさに心が満たされる。もう一度、碧をぎゅっと抱きしめ、うなじへと唇を落とし、ゆっくりと歯を立てていく。  碧の唇から悲鳴にも似た喘ぎ声がもれ、ナカが激しくうねり蠕動し始める。その刺激に促されるように奥の奥で射精し、碧のナカを自分の精液でいっぱいにする。  全部、全部、何もかもすべて、自分のもの、そんなどうにもしようのない本能的なアルファの所有欲、独占欲、征服欲、支配欲、そのすべてが満たされていく。  噛んだうなじは離さないまま衝動的にもっと奥を突き上げれば、まるでそれを待ち望んでいたかのように碧のナカは絡みついてくる。腕を伸ばして碧のモノに触れてみれば、すでに達していたらしく、そこはぐしょぐしょに濡れていた。突き上げるタイミングに合わせてまだ芯を持ったそれを擦り上げれば、碧の腰が淫らに揺れ動く。  すべては、本能が求めるままに。  喘ぎながら、塁、塁、塁、と幾度となく自分の名を呼ぶ碧の声に煽られるように、ぐっとうなじを噛む力を強めたその瞬間、バチン、と何かが大きく弾けるような感覚に襲われた。  そしてそれは碧も同じだったらしく、ビクッと大きく身体を跳ねさせた。   「……碧」  はっと我に返り碧のうなじから口を離せば、そこにはくっきりと真っ赤な噛み痕が残っている。それは、間違いなくアルファとオメガを結ぶ証だ。  碧の身体を一旦離し顔を覗き込めば、碧は涙を零しながら震える手を塁の方へと伸ばす。 「碧」  すがるように首にまわされた腕の重さを愛しく思いながら、塁はこつんと碧のおでこに自分のおでこをくっつけた。 「俺の、碧」  間違いなく碧と番になることができたのだと、アルファとしての本能が感じ取っている。それはきっと碧も同じはずだ。 「一生、大事にする」  塁がそう告げれば、碧は泣きながら笑った。そして言葉を惜しむことなく、少々たどたどしいところもあるが、それでもはっきりと塁に伝えてくれる。 「俺も……塁のこと、一生大事にする」  ようやく満たしあえた幸せが、二人を祝福するように包み込んでいた。

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