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<碧の受難>

「よかったぁ! よかったねぇ!!」  蜜月のような発情期を終えた後、久しぶりに顔を合わせた棗に開口一番満面の笑みで祝福され、碧は照れながらもふにゃりと幸せそうな笑みをこぼす。 「よかったな」  おめでと、と碧と棗のやりとりをにこにこと笑顔で見守っていた佑誠にも祝福され、こちらにもありがとうと碧は笑顔で返した。 「で、玖珂嶺さんは?」 「え、っと……今日は実家に寄ってから来る、って」 「あぁ、報告しに?」  そう佑誠に問われ、こくん、と碧は首を縦に振る。番関係を結んだ以上、当然、双方の家族へ伝えなければならないわけで、ひとまず親に直接報告してくる、と塁は実家に戻ったのだ。 「アオイくんは? もう伝えたの?」 「……まだ、……なんて言ったらいいのか、わかんなくて」  例のお見合いの一件があってからというものの、家族の中で番のことについては当たらず障らずな話しかしてこなかったのだ。碧自身もその辺りに関してはできれば触れて欲しくないというスタンスを保ち続けていたし、両親も双子の姉もそんな碧の心情を汲んでくれていた。  だからこそ、何の前触れもなくいきなり「番ができました」とは言い出しにくいというか、正直なところ、どう話を切り出せばいいのかわからず迷っている真っ最中なのである。  もっとも、塁にはその辺りも含めて全部きちんと説明するから心配するなと言われてはいるのだが、それでも碧としては全部を塁に丸投げするつもりはないわけで、今日こそは、と毎晩スマホ片手に意気込むものの、実家の電話番号を表示はできてもダイヤルボタンをタップできないまま、すでに数日が経過している。 「おじさんもおばさんも喜ぶんじゃないか?」 「っていうか、びっくりするよね、きっと」  なんて具合に話は順調に進んでいくはずだったのだが――、そう上手くは事が運ばないのが人生というやつで、イレギュラーなことはいくらだって起こり得るものだ。  その日、碧は棗と二人でいつものようにイチカフェへと向かっていた。  新作スイーツを食べようと構内を突き進んでいたところ、ちょうど人通りが少なくなったところで突然背後から突き飛ばされ、碧は棗とともに薄暗い講義準備室のようなところへと押し込められたのだ。  いったい何が起きているのか、それを認識する間もなく、シューーーッというスプレーの音とともに、不快な甘い匂いに包まれた。  途端に背中をゾクゾクと嫌な感じが這い回り、ぐわんぐわんと眩暈のような感覚に襲われ、自分が立っているのか座っているのか、目を開けているのかつぶっているのかさえもよくわからなくなる。  何かが暴れるような物音と、悲鳴にも似た何かが辺りに響く。グッと肩を掴まれたけれど、どこかから『――はやめておけ』『玖珂嶺の――』と途切れ途切れの言葉が聞こえてきた。  そうしてようやく、これは非常事態なのだと脳が認識し始める。  誰が、何のために、いったい今自分は何をされているのか、全く把握できない。けれど、何かよくないことが起きていることだけは事実だ。  だんだんと重くなる腕を動かし、どうにか上着の内ポケットからブザーを取り出す。万一のためにと塁から渡された防犯用ブザーで、押せば大きな音が鳴るのと同時に、塁へと連絡がいく仕組みになっている、と受け取る時に説明されたものだ。  耳障りな警告音が大音量で鳴り響くのと同時に、別の方向からも似たような音が鳴り響いてきた。恐らく、棗もまた同じようなブザーを持っていたのだろう。  誰かが言い争うような声、ガタンッガタンッと何かが激しくぶつかるような荒い物音。  早く、早く、早く――とにかくそれだけを念じているうちに、徐々に意識が途切れていくのが自分でもわかった。  けれど、最後の最後、一番安心できる番の匂いに包まれたのは確かで――碧、と自分の名を呼ぶその声を遠くに聞きながら、碧はゆっくりと意識を手放した。

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