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〔棗の強さ〕

 北星(きたほし) (なつめ)はオメガだ。誰がどう見てもオメガだと判断するくらいに典型的なオメガらしい容姿をしている。  それはつまり、医学的な観点から言えば、バース性ホルモンにおけるオメガ値が基準となる数値より飛び抜けている、ということである。  さらに付け加えるならば、棗が発情期に放つ香り――いわゆるオメガのフェロモン――はアルファを狂わせるほどに濃いものであるらしい。  らしい、というのは、棗は発情期を薬で完璧にコントロールしてきたため、未だ実証には至っていないからだ。  いまのところ、数値の上では相当に濃いものである、という医学的な診断結果でしかない。  とはいえ、フェロモンを薬で完璧に抑制していても、それでもアルファは棗に惹かれて寄ってくる。どうにかしてこのオメガをモノにしてやろう、と、欲に塗れ、強引に近づいてくるアルファもいないわけではなかったが、これまで棗は上手く躱してこれたのだ。  もっとも『玖珂嶺 塁』という防御壁があったおかげ、という認識は当然あった。  言うまでもなく、()()玖珂嶺だ。当然、バース性ホルモンにおけるアルファ値は極端に高い。そして、数値が高すぎるアルファとオメガの組み合わせは実は相性が良くない、というのが、当事者たちと医療関係者の間では周知の事実でもある。  バース性について研究している、とある医師曰く、高級なバラの香りと高級なラベンダーの香りを混ぜたからといって、最高級の香りが生まれるわけではないだろう、とのことだ。互いに強すぎて、うまく混ざり合わず喧嘩するだけらしい。  実際、塁と棗もそういった関係にはなり得なかったわけだが、そんな事実は一般の人たちには関係がない。合理的な選択として、都合よく互いが互いを隠れ蓑にしてきた。  が、それも互いに(パートナー)ができるまでのこと。  棗にとっての防御壁がなくなった今、常に警戒を怠ることなく万全の態勢をとっていたつもりだったが、それはどうやら甘かったらしい。  よりにもよって、大切な友人である碧と一緒にいるところを狙われてしまった。  ぶちまけられた妙な薬――恐らくは催淫剤だろう――に、全身から嫌な汗が噴き出てくる。間違いなく犯罪行為であるにも関わらず、どうしてこんなことが平然とできるのか。  薬に侵されるよりも先に怒りに支配されながら、無理やり押さえつけようとしてくる腕から逃れ、隠し持っていた警報ブザーを鳴らし抵抗すれば容赦なく頬をはたかれた。  口の中に血の味が広がり、怒りと悔しさに涙がこみあげてくる。   「……っおい! 何やってんだ!!」  すぐさま駆け付けた数名の警備員たちの中に塁の姿を見つけ、一緒にいたはずの碧を探せば、床に蹲るようにして倒れている。慌てて駆け寄ろうとしたが、うまく力が入らない。とんでもないことに碧を巻き込んでしまったと、後悔ばかりが押し寄せてくる。  誰かが怒鳴るような声、ガタガタと何かが倒れるような音が耳に入ってくるけれど、めまいのような症状とともに、どんどんと意識が遠ざかっていく。  けれど、まだ、このまま意識を失うわけにはいかない。まだだ、まだ、だめだ。だめだ。 「……ナツさん!」  だめだ、だめだ、とそう幾度となく心の中で唱えているうちに、きつく掌を握りしめすぎていたらしい。 「ナツさん……、ナツさんも、病院行きましょう」  握りしめすぎて震え始めていた掌を優しく包み込まれ、ようやく、自分の名前が聞こえてくる方へと意識を傾ける。 「……ゆーせーくん」  だいじょぶ、だいじょぶ、そういつものように笑って答えるつもりだったのに、頬が引き攣れ、うまく笑顔を作ることができない。  ぼんやりと視界が滲んで、掌だけではなく身体全体が震え始めた。 「……大丈夫、もう大丈夫ですから」  そう言って抱きしめられたら、だめだと思うことが、もうだめだった。  小さな子どものように泣きじゃくりながら佑誠にしがみつき、棗はそのまま意識を手放した。  

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