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<塁の結論>

 ほぼ強引に、塁が碧をカフェテリアからマンションへと連れて帰ってきたのがおおよそ一時間ほど前のことになる。  抵抗らしい抵抗をすることなく、言われるがままの碧にやや不安を覚えるものの、塁としては非常に都合がよい。これ幸いとばかりに、今日出会った佑誠のことをはじめ、碧に関する情報を半ば一方的に聞き出すことに成功した。  そうして話も一段落した今現在、碧はソファの上で居心地悪そうにしながら、どのタイミングでお暇するべきかと様子を伺っている。  が、当然、塁としてはそう易々と帰すつもりはない。 「く、くがみね、サン……」  意を決したように、ぎこちない呼び方で碧がこちらに向き直る。妙に余所余所しい態度から察するに、碧曰く“情報通”だと言う佑誠から玖珂嶺の家のことについて何か話を聞いたといったところだろう。 「もう名前では呼んでくれないんだ?」 「だ、って、それは……」  困ったという表情を隠さない――いや、隠せない様子に思わず笑みがこぼれた。 「碧」  手を伸ばしてそっと頬に触れる。ひゅぅっと小さく息を飲み込み、ぎゅっと膝の上で掌を握りしめる碧に、庇護欲と加虐心がまぜこぜになったような気持ちが湧きあがってくる。 「名前、呼んで」  じっと瞳を覗き込み、碧の反応を待つ。ウィーンと部屋の片隅に置かれた空気清浄機のモーター音だけが鳴り響く静寂に包まれ――先に折れたのは、碧の方だった。 「……る、い」  ささやくような吐息交じりの弱々しい声に、じわりと身体が熱くなる。暴れ出しそうになるアルファの本能を理性で抑えつけながら、怖がらせることのないよう、ゆっくりと顔を近づけ、震える下唇を優しく食んだ。  やわらかくて、甘い――その感触が、たまらない。  噛んで、吸って、零れ出す唾液を飲み込んで、一頻り味わった後、そっと唇を離す。至近距離で見る碧の頬は紅く染まり、瞳は潤んでいた。 「……な、んで」  聞き逃してしまいそうなほどの小さなささやきに耳を傾ける。 「おれ、今日は発情期(ヒート)になってない、から」  だからこんなことしてくれなくても大丈夫、と碧は泣き笑いのような表情を浮かべた。  ちっとも愛されることに慣れていないオメガ。最初っから、自分なんかが愛されるわけがないと信じて疑うことすらしない。  だからこそ、余計にどうにかしてやりたくなる。 「俺がしたい」  そっと碧の手を取り、細い指先に唇を落とす。 「ダメ?」  そう甘く問いかければ、途端に困ったように碧の視線があちらこちらへと揺れ動いた。 「でも、おれ、オメガっぽくないし、全然……、だから、ダメで」  たとえば棗のような、ああいったオメガらしいオメガを求めてしまうというのは、確かにアルファの性といえるのかもしれない。けれども、必ずしもそういうわけではない、ということは塁自身が一番よくわかっている。  恐らくは過去に何かあったのだろうと予想はつく。が、先程の話の中では、そういった話題は碧の口からは出て来なかったし、塁もあえて追及しなかった。  誰か他のアルファからオメガらしさを求められ、おまえではだめだと否定でもされたのか。 「おれじゃ、ダメで……」  きっと塁を気持ちよくできないから、と消えそうな声で碧がつぶやく。最初の時、自分で勃つのか、と聞いてきた今にも泣き出しそうな顔が思い浮かんだ。  そんなつまらない過去など、早く忘れてしまえと思う。 「碧」  以前ならば、こんな面倒なオメガを相手にするなんてあり得ないと一刀両断していたに違いない。けれど今は、自分でも驚くくらいにその面倒さがただただ愛おしい。 「おまえが、じゃない――俺が、おまえを気持ちよくするんだよ」  半ば無理矢理に服を脱がせ、碧をソファに転がす。掌に吸いつくように馴染む柔らかな肌を撫でながら、ありとあらゆるところに口づけの痕を残せば、碧はそのたびに小さな悲鳴を上げた。 「る、い……、それヤ、ダメ、そんなのダメだからぁ」  反応し始めた碧自身を口に咥えてゆっくりと吸い付くような愛撫を加えれば、碧の身体は面白いくらいにビクビクと震え蕩けていく。  発情期ではないからこそ、しっかりと理性が残っているのだろう。  「だめ、はなして、ヤダ、あ、出ちゃう、出ちゃうからぁ」  きっと、たぶん、碧にとっては初めてのはずだ。淫らに跳ね上がる腰を抱え込みながら、あっという間に吐き出された精液を、塁は一滴残らずすべて飲み込む。 「……っ、あ、うそ、っ、やだ、なんで、っ」  息を切らしながら驚く碧に、塁はニヤリと笑って見せる。実のところ他人の精液を飲んだのは塁も初めてのことだったが、味云々はともかく、碧の初心な反応に満足を覚えた。  さて次は、と今度は力の抜けた碧を容易くうつぶせにし、その上にのしかかる。  最後までする、という選択肢がないわけでもないのだが、今日のところはとりあえず、自分よりも碧を満たしてやりたい気持ちの方が強い。きれいに浮き出た背骨のラインを唇でなぞれば、イヤイヤと碧は首を振って逃げ出そうと身を捩った。 「碧」  名前を呼べば、恐る恐る様子を伺うようにチラリとこちらを振り返る。瞳いっぱいに溜まった涙が、その拍子にぽとりと零れ落ちた。 「嫌?」 「……」 「本当に、嫌ならしない」  アルファとしてオメガを屈服させたいわけではない。できることならば対等な関係で、碧自身にも自らを望んでほしいとそう思う。 「……なんで」  ややしばらくして、小さく震える声で碧が問う。 「なんで、おれなの?」  もっと自分よりもふさわしいオメガが他にもたくさんいる、と碧は必死に訴える。 「……そういうとこだよ」  自信に満ち溢れたオメガでもなければ、守ってほしいとあざとく擦り寄ってくるオメガでもない。自分がオメガであることに引け目を感じながら何もかもを諦めてしまった、ネガティブすぎるオメガ。 「そういうとこが、可愛くてたまんない」  そう伝えれば、碧はへにゃりと力が抜けたようにソファに突っ伏し顔を隠した。けれど、隠しきれない耳は真っ赤に染まっている。 「可愛い」  後ろから耳を軽く食み、そのまま首筋に唇を寄せる。目に入ったのは、いつもは真っ黒な髪で隠されている真っ白なうなじだ。  このオメガを自分だけのものにしてしまいたい、そんな欲求が湧き上がる。 「碧――いつか本気で噛むから」  そう断言して、うなじに緩く歯を立てる。ビクっと碧の全身に力が入るのがわかったが、拒絶する様子はない。 「……嫌?」 「……イヤ、じゃ、ない」  番関係を成立させるには、発情期でなければ意味がない行為。けれどそれは、意味がないからこそ、アルファからオメガへの最大級の求愛行為だ。 「……うれしい」  そう言って泣き始めた碧を抱きしめながら塁は再びうなじに唇を落とし、淡い歯型と濃い吸い痕をそこに残す。 「ありがとう」  聞こえるか聞こえないかのかすかな涙声に、塁は碧を抱きしめる腕に力を込めた。  

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