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<憂心の佑誠>
「やっほー、アオイくん」
そんな明るい声に顔を上げれば、今日もオメガらしさ全開の棗がニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「ついでにゆーせーくんも」
「俺はついでですか」
もはやお決まりのようなその挨拶に、隣に座る碧はへにゃりと愛好を崩した。
あの玖珂嶺 塁と碧がお付き合いを始めて――とは言え、本人は「そ、そういうんじゃな……いわけじゃない、けど、でも……」といまいち煮え切らない反応だが、どう考えたって二人の様子はイチャイチャしているようにしか見えないので、碧の意見は無視して――早一ヶ月。
最初のうちは周囲も騒がしかったものの、今となっては玖珂嶺と碧、そして棗とどういうわけか佑誠まで一緒にいるのが当たり前の光景になっている。
「あっ、そういえば、イチカフェの限定スイーツ食べた!?」
「秋の味覚もりだくさん、ってやつですか?」
「そうそう!」
イチカフェ、はその名の通り一号館にあるカフェのことで、経営学科と栄養学科の学生たちが商品開発やマーケティングに携わる今流行の企業と大学のコラボカフェだ。
なかでも期間限定と銘打って販売しているお持ち帰り可能なスイーツはかなり売れ行きが良いらしく、雑誌などでも度々紹介されているほどで、メニューが入れ替わるたびに学生たちの間でもこうして話題になったりしている。
「もう行った?」
「行ってないです」
「じゃあ行こう!」
思い立ったが吉日、善は急げだよ、と目を輝かせる棗に、実は甘い物好きな碧はわたわたしながらも限定スイーツの誘惑に勝てなかったらしい。
「荷物みておくし、二人で行ってくれば」
「さっすが、ゆーせーくん! おみやげ買ってくるから!」
「じゃあ、行ってくる」
そうして、かぼちゃが、マロンが、さつまいもが、と秋の味覚もりだくさんな話をしながらカフェへと向かう二人を見送り、佑誠はふぅっと息を吐き出した。
最初の出会いが強烈すぎたせいか、棗に対して少し遠慮気味な碧だったが、ここ最近はだいぶ打ち解けてきているようにみえる。
佑誠の知る限りでは、自分も含め碧の周りにはほとんどベータの友人しかいなかった――正確には碧自身が他のオメガから距離を置いていた――こともあり、多少心配していたのだが、棗とは思いのほか馬が合ったらしく、オメガ同士ならではの話もできているようだ。
なにより、佑誠の目から見ても、碧は日々オメガらしくなっている。と同時に、謙虚さを通り越して卑屈になりがちだった言動もかなり改善されつつあり、友人としては非常にうれしい限りだ。
やっぱりアルファさまさまだな、と佑誠は俄かに周囲が騒がしくなった方へ目を向ける。
どこにいても塁は目立つ存在だ。当然、擦り寄ろうとする輩も少なくはないが、そのほとんどが恐ろしいほど冷たい視線と無言の圧力に負けて、早々に立ち去ってゆく。
もちろん、なかには果敢に挑んでいく猛者もいるが、だいたいが「うぜぇ」の一言でバッサリと斬り捨てられておしまいだ。
今日も今日とて相変わらずの存在感を放つ塁が、脇目も振らず一直線にこちらへとやって来る。そうして、第一声は礼儀正しい挨拶、のはずもなく――
「碧は?」
これである。
「今、ナツさんと二人でイチカフェに行ってます」
最近は碧と棗の二人行動もわりと増えてきたため、こうして佑誠と塁の二人が取り残されることも少なくない。
一応、碧の友人として認められているらしく、塁が佑誠に対して鋭い視線を投げかけてきたのは、後にも先にも初対面の時一度きり。むしろその存在に慣れてきた今、思いのほか塁と普通に会話できてしまっているのだから驚きだ。
「玖珂嶺さんは甘い物、いけるクチですか?」
「まぁまぁ」
「それ、行くんですか?」
斜向かい――つまりは碧の正面――の席に腰を下ろした塁が手にしていた雑誌に、ちらりと視線を向ける。その表紙にはデカデカとスイーツバイキング特集なる文字が躍っていて、恐らく、というよりは、間違いなく、碧のために持参したものだろう。
「……アオは幸せ者ですね」
とにもかくにも、塁の言動はすべて碧が中心だ。
「玖珂嶺さんは、選んだんですよね、アオのこと」
そう問えば、何を今さら、といった反応が返ってくる。
「ナツさんが言ってました、周りに圧力かけたらしいって」
良くも悪くも、相手はあの塁なのだ。最初に棗が危惧していたように、碧に何かしらの害を加えてくるような輩がいてもおかしくはない。が、実際には、びっくりするぐらい平穏無事な毎日を送ることができている。
碧を守るために塁がしっかりと手を打ったということなのだろう。
「それだけ、本気ってことですよね」
「あぁ」
「安心しました」
ようやく碧もオメガとして幸せになれるのだと思うと、なんだか肩の荷がおりたような、そんな気になるのだから不思議だ。
「やっぱり、オメガはアルファと一緒になるのが一番ですね」
ベータとしての自分を蔑むつもりはない。けれど、オメガとアルファの間には、ベータでは触れることすら許されない特別な何かがあるのだと、改めて実感してしまった。
「――萩原」
不意に名前を呼ばれ、いつのまにか俯いてしまっていた顔を上げる。
「覚悟の問題だ」
何もかもを見透かしたかのようにニヤリと笑ってみせる玖珂嶺に、これだからアルファにはかなわないのだ、と佑誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
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