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<親心の棗>
「ルイとはうまくいってそうだね」
のんびりイチカフェへと向かいながら、棗は最近ようやく打ち解けてくれるようになった碧の横顔をちらりと伺う。
その頬は、ほんのり朱く染まっていた。
あの“玖珂嶺”が相手だ。棗も最初はどうなることかと内心ひやひやしていたが、とりわけ大きな波風が立つこともなく、これまで上手くやってきている。
というより正確には、塁が波風を立たせなかったのだが――
滅多に姿を見せなかった塁が碧の元に頻繁に現れるようになり、当然、周囲はざわついた。いや、ざわつくどころか、あれはどういうことかと講義終わりのタイミングを狙ってオメガやらアルファやらベータやらが塁に群がった。
が、それは想定内だったのだろう。むしろ逆に塁の方こそ、そのタイミングを狙っていたに違いない、と棗は確信している。
余計な手出し口出しをすれば“玖珂嶺”が黙っていない、と周囲に脅しをかけたのだ。
まさか家の名前を出してまで碧を守るような行動に出るとは思わなかったが、それは棗だけではなく周囲も同じ思いだったのだろう。そこまでする、ということは、それだけ本気、ということに他ならない。
結果、塁の本気を見せつけられた周囲は大人しく引き下がるしかなく、おかげで二人は平穏無事な生活を送っている真っ最中だ。
もっとも、肝心の碧本人は妙に疎いところがあるので、そんな塁の行動には気づかないままだろう。
「……正直なところ、実感がないんです」
「実感?」
「……ほんとは全部、夢なんじゃないか、って」
碧は、あの塁に選ばれたにも関わらず、とにかく自信がない。いつだって控え目で、自己主張することなく、たとえ周りからつまはじきにされたとしても、しょうがないとそれを受け入れてしまうような、そんな節がある。
もちろん、そういう碧だからこそ、塁は彼を選んだのだろうし、棗だってそんな碧の強い味方でありたいと思っているのだが。
「夢かぁ」
「オメガっぽい、こと、とか……、そういうの、ありえないって、ずっと思ってたから」
「でもアオイくんはオメガでしょ」
棗がそう断言すれば、碧は困ったような顔で笑う。
なんとなく、“オメガらしい”という部分が碧にとってのコンプレックスになっているのだろうな、と察しはついている。確かに碧の容姿はベータっぽい。が、しかし、オメガの全員が全員、棗のようなオメガらしい容姿をしているというわけではないのだ。十人十色、千差万別の言葉通りのはずであって、そのことはもちろん碧も理解しているはず。
けれど、それでも碧はオメガらしくない自分を責めている。
「あのルイがメロメロなんだからさ~、もっと自信持ちなって!」
「……めっ、めろ……そ、そんなことないです!」
「そんなことあるんだよ~、メロメロだよ~あれは」
そんな風にからかえば、顔を真っ赤にして一生懸命否定してくる碧が棗には微笑ましい。
「もうさ~、次は噛んでもらっちゃえばいいんじゃない?」
「噛っ!?」
「っていうか、もう甘噛みくらいはしてもらったでしょ」
うなじをさすりながらそう問えば、碧は耳の先まで真っ赤に染まってしまった。つくづく嘘を付けないタイプなんだなぁと棗はまたもや微笑ましい気持ちでいっぱいになる。
「いいよなぁ、そういうの……なんか憧れる」
「憧れ、ですか」
「だって甘噛みとかさ~、独占欲の表れじゃん」
「どくせんよく……」
「従わせたいだけならさ~、発情期 の時に一回だけ噛んでおしまいでしょ?」
「……それは、確かに」
「そういうのとは別にさ、噛んでもらえるのとか、なんかいいじゃん」
すっごく愛されてる~って感じ、と笑えば、碧もへにゃりと泣きそうな顔で笑う。
「だからさ、安心して愛されておきなよ、大丈夫だから」
そんな棗の言葉に、碧は、ハイ、と小さく頷いた。
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