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第一話 The Lone Child その子の名は、ダニエル(前編)
グリフィン
「本当にそれでいいのか………後悔はないか。」
どこまでも遠くへと広がる蒼天に舞う空気は清く澄み渡り、平和を肌に感じる気候だ。
そこで女に話し掛ける、えんじ色のローブを纏うこの男……死神界のトップであるケルスにその身をおくグリフィン。そして彼の少し後ろに立つ彼女も同じくケルスの一人、名はドーナ。
女は死神特有の漆黒の色のコートに身を包みフードを深く被り、垂れ下がった銀色の髪がフードの淵から見えている。
女は一人の赤子をその腕にしっかりと抱き、涙を流していた。
「えぇ、この子を………よろしく頼みます。」
ドーナ
「案ずるでない、私がこの命を掛けて守り抜くと約束しよう。」
「ありがとう………。」
グリフィン
「………最後にもう一度抱いてやれ。」
グリフィンからのそんな厚意の言葉に、どっと涙が溢れた……。「最後に」それはこの時がもう二度とは訪れないということ。天使のような笑顔で微笑み、自らのこの頬にその紅葉 のような小さな手で触れる我が子に、もう触れることも、こうして抱きしめることも……愛しているとこの声で伝えることさえも叶わないのだ。………忘れてしまうだろうか?こんな自分のことなど………。
「ママ……ママ………」
「…………!」
初めて口にしたその言葉。……今までずっと一緒に練習してきたその言葉。
「そうだよ、ママだよ……やっと言えたね!」
「ママ……!」
あぁ……離れたくなどない。こうして何かをやり遂げるその瞬間瞬間を、この目で見届けてやりたい。ぎゅっと抱きしめ、「よくやったね!」と褒めてあげたい……だがもう、行かなくてはならない。
「元気な子に育つんだよ……この人達の言う事をしっかりと聞きなさい……私はいつでも、お前の心の中に居るからね……愛しているわ、ダニエル……」
その光景を見てはいられず、グリフィンは顔を反らした。我が子を最後にその腕でしっかりと抱き締める母親を見守るドーナの頬に、涙が伝う。
グリフィン
「他に術 がない事を許せ……」
「いいえ、十分です……感謝しています……さようなら、私の可愛いダニエル……」
母親から赤子を授かり、今度は母親に代わってその子を抱きしめるドーナが赤子の目をそっと手で覆い、自らも目を閉じた。
グリフィン
「………黄泉送り………」
グリフィンの口から発せられたその呪文と共に彼の手の平から出てきた青白い気体が、瞬く間に大きな扉の形に変わった。その扉がゆっくりと開くと、女の身体から抜き出た魂がすーっと扉の中に入っていった。力の抜けた女の身体を、後ろで片腕に赤子を抱えていたドーナがもう片方の腕で支えた。
ドーナ
「…………安らかに眠れ。」
やりきれない思いのまま、強く拳を握りしめたグリフィンがドーナに背中を向け、その肩を微かに震わせている。
ドーナ
「腹が空いたであろう………なぁ?」
ドーナ
「ダニエルよ…………。」
十二の椅子が大きく楕円 を描くように広く間隔を空け並べられ、各椅子に座るえんじ色のローブを身に纏う者たち。天井はどこまでも高く、暗くて一体どこまで続いているのかは確認できない。ケルスが依頼の講義や私事以外で過ごす場所でもあるこの部屋は、神堂 と呼ばれている。そんな神堂に響き渡る赤子の泣き声……。
「うぎゃぁあーーー!!」
「そのちんちくりんをどうにかせんか!……全く、赤子の面倒など……死神界の最上位ケルスとは聞いて呆れる!」
ドーナ
「おやおや、うるさい坊主頭なこと………ダニエル、お前の方が毛が多いな。」
「失敬な!!(怒)」
聞いていた者たちがゲラゲラと笑う声が神堂に響く。遅れて到着したネスがその笑い声を聞いて微笑みながら自分の席に着いた。
ネス
「楽しそうにしているね、僕も仲間に入れておくれよ。」
「ドーナの奴、何のつもりか知らんが赤子などを拾ってきよった!」
ネス
「ほう……それは興味深い。」
ドーナ
「モズに依頼をするつもりだったが……グリフィンがどうしてもその手で送ってやりたいと申してな。私もついて行ったのだが………駄目だな、やはりああいう場面で冷酷になりきれなんだ。子を見捨てた所で死んだ女がそれを見ている訳でもない。約束など、生きている者が結ぶもの。死んでしまえばそんなもの、何の意味も持たないのだから………」
ネス
「それはどうかな?」
ドーナ
「……………?」
ネス
「互いに死んでしまえば、確かにその約束は両者の屍と共に無になるであろう。……だが片割れが生きている場合、その約束はその後その者の生き甲斐となり得る。それもまた事実だ。」
ドーナ
「………いかにも。」
そんなネスの説得に、聞いていた他の者も納得して頷いた。
ネス
「バーロンよ、お前にだって一度はこんな時期があったのだ。今のお前があるのはその時期のお前に食料を与え、寝床を与え、見守っていてくれた者が居たから。それはきっとこの僕にも、ドーナにも、そしてここにいるケルスのメンバーや他の死神もみな同様、ならば今度は大人になった我々がこの者達にそれを与えてやる番なのだ。そうやって文明は引き継がれていくのだろう………たった一代でもそれを怠ってしまえばその行く末は滅びのみ。違うかな?」
バーロン
「くだらん……勝手にしろ!」
ドーナ
「礼を言うぞ、ネスよ。」
ネス
「うむ。しかしまぁ……この子の母と、その他十一人の父がケルスとは……これ程までに頼もしい親を持つ子もそう居ないだろうね。(笑)」
ガタンっと分厚い石の扉をまるでベニヤ板の様に片手で軽々と開け、グリフィンが神堂に入ってきた。
グリフィン
「父とその他十人の叔父、の間違いであろう?」
ネス
「ふふふ……何だい?それじゃあまるで、父親は君が独占している様じゃないか。」
グリフィン
「当たり前だ、ドーナは誰にもやらん。」
ドーナ
「我々は赤子の話をしているのだ。」
グリフィン
「わ……分かっておるわ……!!(怒)」
顔を赤らめ椅子に座るグリフィンを、他のメンバーが冷やかして笑った。
ドーナ
「どうした、その顔の傷は……?」
ダニエル
「………別に何でもねぇよ。」
500年も経つ頃には、ダニエルは小学校で喧嘩をするほどに成長していた。何を言っても反抗し、世話の掛かる年頃だ。
グリフィン
「どこのガキにやられた?……そやつの命をもらおう……。」
ダニエルの腫らした顔を見るなり、グリフィンがそう言って立ち上がった。
ドーナ
「待たぬかグリフィンよ。ダニエルとてもう赤子ではない、それくらいは自分でどうにかするであろう………時には黙って見守っていてやる事も親の務め、何でもかんでも首を突っ込めばいいものでは無いのだ。」
「放っとけよ!」と神堂を出て行くダニエルの背中をそっと見守るドーナが、グリフィンを散歩に誘った。
ドーナ
「子供の成長というのは、これほどまでに早いものか。」
グリフィン
「あぁ、そうだな。」
神堂を出て巨大な半円型の中央階段を並んで降りる二人。友達と喧嘩をするまでに大きくなったダニエルを想うと、あの日、あの選択をした自分らに感謝を伝えたいほどだ。
ドーナ
「やはりあの時見捨てなくて良かった。」
グリフィン
「………あぁ、そうだな。」
グリフィンが横目で優しくドーナを見つめる。そんな彼の視線に、ドーナは少し照れくさそうに微笑んだ。そして彼女は心の中でそっと囁いた。
『ダニエル、これだけは覚えておくのだよ………もしお前に助けが必要な時………』
『我らケルスがここに居る。』
ある日の昼下がり、それは気持ちのいい風がそよ吹く良く晴れた日だった。
バーロン
「………だからそうでは無いと言っておろうが!!このヘタクソめ!!(怒)」
ダニエル
「うっせーハゲ!!!(怒)」
中庭から建物中に二人の怒鳴り声が響く……。上の階の廊下を歩いていたグリフィンとドーナが、その声を聞き柵から下の中庭を見下ろした。
グリフィン
「何の騒ぎだ?」
ドーナ
「ふふふ……あの二人は本当に仲が良いな。」
グリフィン
「良いと言えるのか、あれは……?」
バーロン
「全く……お前のその減らず口は父親譲りだな!!」
グリフィン
「なっ………!」
ダニエル
「あんな筋肉バカと一緒にすんじゃねぇ!俺はもっと頭も使える!!」
グリフィン
「おのれぇ……貴様等ぁ……(怒)」
ドーナ
「はっはっは………(笑)」
ローブの袖で口を覆いクスクスと笑うドーナの隣で苛立つグリフィンが握る柵がメリメリと音を鳴らす。
ダニエル
「………だいたいこんな魔術俺には必要ねぇ!!」
バーロン
「たわけっ!!このわしが貴様の様な能無しに教えてやることなど端っから何も無いわ!!」
瞬間移動をしたドーナが二人の間に割って入った。
ドーナ
「お主ら、互いに元気が有り余っているようだな。どうだ……ここは一つ、私から頼まれ事をしてはみぬか?」
あえて二人の興味を引くような言い草をしたドーナ。そして彼女は続けてこう言った。
ドーナ
「古き友人が居てな、もう久しく会っていないのだが……手紙を書いたのだ。ほれ、ここに。」
そう言ったドーナが懐から出した封筒の宛名には見知らぬ言葉が書かれていた。
ドーナ
「テクトと読む。ダニエル一人では心配だ……バーロン、お主も同行してはくれぬか?私からのお願いだ。」
バーロン
「そんな使いに行く訳がなかろう!わしを誰だと思っておる(怒)」
ドーナ
「そうか、それは気の毒だ……先日、いい酒が手に入ったのだが……」
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