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第一話 The Lone Child その子の名は、ダニエル(後編)

ダニエル 「………何でこうなるんだよ。行かねぇっつってたじゃねぇかよ!」 バーロン 「やかましい!黙って歩け!!(怒)」  密林の中を歩き続ける二人。度々手の平を返してはコンパスに変わる青白い気体を眺め、また歩き続ける。そんなバーロンの背中にただ付いて行くダニエル。 ダニエル 「いつになったら着くんだよ、だいたい知ってんのか?そのテクトって奴のこと………」 バーロン 「ミイラの親とも呼ばれるボロ雑巾の様な年寄りだ。」 ダニエル 「…………ひでぇ言い方だな。」 バーロン 「お前も奴を見れば同じことを思うに違いない。」  垂れ下がったツタが生い茂る密林の中、何度その手でツタを払っても次から次へと垂れ下がり視界を遮る。ついに耐え切れなくなったバーロンが手の平から巨大な鎌を抜き取り、両手で握りしめたその鎌をシュン……!と真横に振った。「何も切れていないじゃないか………」とダニエルが内心であざ笑った瞬間、バサバサバサ………とツタどころかある一定の高さ以上の周囲の林が地面に落ちた。 ダニエル 「………………。」 バーロン 「役に立つ鎌だ。」 ダニエル 「……草刈りのために鎌を振るってる死神はあんたくらいだろうね。……にしても、ドーナは一体何を考えているやら。よりによってバーロンと組ませるなんてよ(怒)」  神堂に集まったケルス達が、中央に立ちテーブルの上に地図を広げるドーナに注目する。 ドーナ 「…………近い内に戦が起こる。」 ネス 「もう少し先になるだろうと思っていたが………」 グリフィン 「そうも言ってられまい、冷戦協定を結んでからもう2000年は経つ。その間に人口が大幅に増えた種族は新しい資源と領地を確保するためもうすでに各地で抗争を始めている。」 「して、ドーナよ………お主が便りを送ったという例のミイラの長は、何を予言したというのだ?」 ドーナ 「先日テクトから届いた便りによると、今やエルフの森が壊滅の危機にさらされているという。各地で流行っている謎の伝染病に怯えた種族や、すでにそれによって絶滅しかけている種族が彼らの血を喉から手が出るほど欲しているのだそうだ。」 ルドルフ 「ふふふ………あの種族の血を欲しがらぬ者などこの世界にはおらぬ。延命の血、永遠の命……聞いただけでよだれが垂れ落ちてしまいそうだ……だがわしはあの者達に近寄りたくはないのう。」 ネス 「……出来ることなら僕もご免かな。だって……魂を吸い取られちゃうからね。」 ルドルフ 「ふふふ……真に心清き者には永遠の命を、欺く者には絶望を……我々死神が試すには、ちとリスクが大きすぎるのう……あぁ、面白いのう……エルフの民は実に興味深いのう……その身体を切り開いて中身を見てみたいものだ、ふふふ……」 「幸いここ死神界は豊富な資源も住みやすい環境も無い辺境の地。我々がそこまで警戒すべき事態でもなかろう。」 ネス 「いや、そうも言い切れまい。」 ドーナ 「私もネスに同感だ。我々があの化け物を匿っている事は一部の者達に知れている。あやつを上手く使いこなす事ができればその種族はこの食物連鎖の頂点に立つ事も不可能では無かろう。」 ネス 「ルドルフ、君の研究は進んでいるのかい?」 ルドルフ 「どうしても手に入れねばならん物がある………それが無い以上、今の時点では手詰まりだ。」 ネス 「ふむ…………。」  考え込むネスをさて置き、権力と武力が高くて知られている各種族のマークが彫り込まれた駒をドーナが地図の上に置いていく。 ドーナ 「推定されるだけでも13種族、念を押して15から20の種族が勝ち残り勢力を広めていくであろうと考えている。」 グリフィン 「その中で例のあやつの存在を知っている種族はいくつあると考える?」  その質問を受けたドーナが、数ある駒のうち3つを掴み、地図の真ん中に並べて置いた。 ドーナ 「ベイリー湖に王国を構えるサランド、謎多き砂漠の都ミシャーラ………そしてあの森に住まうエルフの民、モーリス。少なくともこの3種族は奴の存在を把握しているであろう。」 ネス 「ミシャーラか………確かモズの中の一人がそこの出身だったね。彼の名前は何と言ったかな………」 グリフィン 「それはおかしな話だ………死神界では原則、他種族もしくは混血の者は組織には入れないはずだ。思い違いではないのか?」 ネス 「ふむ………そちらの方も調べてみる必要があるみたいだね。しばらくは忙しくなりそうだ。」 ダニエル 「…………寺か何かか?今にも崩れ落ちそうだな。」  廃屋の入り口でバーロンがコンパスを開き左右に手を動かす。そしてコンパスを消し振り向くと、ダニエルに言った。 バーロン 「ここに違いない。入り口を探すぞ、お前も手伝え。」 ダニエル 「あ?何言ってんだ、あんたが今立ってるそこが入り口だったとこだろ?もう崩れちまってるけど………」 バーロン 「青二才が。奴らは基本的にこういった遺跡や何かの跡地の地下に都市を築き暮らしている。一目と日の光を避けるためにな。本来その入り口は上手い事隠され、奴らにしか扉を開けることは出来ん。」 ダニエル 「………じゃあどうすんだよ。どっかからミイラ攫ってくるのか?」  やれやれ……と呆れて視界を上にするバーロンが障子の抜けた襖をカタンっと開けるとその部屋の奥に観音開きの大きな仏壇のような物が置いてある。使われている木は新しくはないが、建物ほど朽ち果ててもいない……どうも違和感のあるその仏壇の蓋を開くと、その中には謎の文字が刻まれた石の扉が隠されていた。 バーロン 「…………やはりな。」  封筒を開け、折られた便箋を真っ直ぐに広げたバーロンは、扉の中央に彫り込まれている石板の上に書かれている文字を下向きにして手紙を置いた。そしてある呪文を唱えその手を離した直後、手紙が燃えて灰になった。 ダニエル 「…………どうなってるんだ?!」 バーロン 「お前にはまだまだ学ぶべき事が山ほどあるってこった。」  そんな皮肉を言ったバーロンが開かれた扉の中へ躊躇いも無く入っていく。 ダニエル 「……罠じゃないのか?」 バーロン 「怖気づいたのなら付いて来なくてもよいぞ、わしが戻るまでそこで指をくわえて待っていろ。」 ダニエル 「………………(怒)」  ムスっとした表情でバーロンの後に続く。螺旋(らせん)状の石段を降り切り、奥の突き当りにある石の扉の前の両サイドに武器を構えたミイラが二体、そしてそのミイラ達の半分ほどの身長しかない小さなミイラが一体、両手で杖を抑えた格好で中央に立っている。 バーロン 「ドーナから言われてきた。」 「………お主もケルスじゃの。」 バーロン 「左様。」 「賢い選択だ。若造一人ではここを見つけ出す事すら叶わんじゃろ。」 バーロン 「あぁ、ついて来て正解だった。」 ダニエル 「……………(怒)」 「さて、こんな所で立ち話も何だ、中に案内しよう……とその前に、念のためここで確認をしておく。燃えた手紙には何と書いてあった?」 ダニエル 「……………?」 バーロン 「…………双子のミイラ、トゥコテとテクト。」  ………それからまた時は経ち、ダニエルは学業を修了し、もうほとんど大人の男と呼べるような歳になっていた。 珍しくかしこまった表情で、話があるから全員集まってくれとネスに告げる。ネスは他のメンバーにその事を伝達し、息子同然のダニエルからの招集に何事かと神堂に駆け付けるケルス。各々が席に着いたところでダニエルが口を開いた。 ダニエル 「………俺は組織に入る。」 ネス 「………ほう。」 グリフィン 「やめておけ。」 ドーナ 「私も反対だ。」  一番歓迎してくれると思っていた二人から真っ先に反対された。「何でだ?」少し機嫌が悪そうにドーナを見つめてダニエルがそう言った。 ドーナ 「お前の死に顔を見たくはない。」 ダニエル 「そんな簡単に死ぬつもりはねぇけど。」 グリフィン 「どこの組織に興味があるんだ?」 ダニエル 「………ペッツ。」 バーロン 「っケ!んーな端くれの組織に入りたいなど………馬鹿馬鹿しい!!」  Preserve(プリザーブ) the Soul、通称PETS(ペッツ)、魂の保護団体。この団体の主な仕事内容は自殺者の救済………要は死ぬことを思いとどまらせるのだ。ふざけた様に聞こえるが、毎年の自殺者数は事故や殺人などで命を落とす者の数をはるかに上回っているのだ。この数を減らす、すなわちその分だけ人口の数が保たれるのは重大な問題であるためにこのような組織が作られた。そんなペッツは『死神』という魂を取る怪物の観念を(ひるがえ)すような組織だ。 ドーナ 「訳があるのだろう?聞かせはくれぬか………?」 ダニエル 「学校でいつもつるんでた奴がいて、すげぇ明るい奴だったんだ。周りの奴らも皆、お前は悩み事なんか無さそうだよなって笑い合ってた………そいつも笑ってたんだよ。でも卒業式にそいつの姿は無かった。全部一人で抱え込んで死んじまった。俺にも、誰にも打ち明けないまま…………」 ネス 「それは気の毒だったね。」 グリフィン 「性格の問題だ。たとえその時誰かに救われていたとしても、そやつはきっとどの道いつかまた同じことを繰り返していただろう。お前が責任を感じるとこは無い。」 ダニエル 「救ってやれたかもしれねぇだろ…………!」 グリフィン 「そやつがお前に助けを求めたのか?そやつが心を病んだ理由はお前にあったのか?」 ダニエル 「……………。」  ダニエルは黙ったまま首を横に振った。 グリフィン 「お前にとってそやつは大事な存在であったかもしれぬ。だがそやつからしたらお前など、ただ気を掛けてくれている数ある中の一人程度の認識だったのだろう。気を病んでいる者の頭の中は我々健常者のそれとは大いに異なっている。我々から見れば清々(すがすが)しく晴れ渡る綺麗な空であっても、奴らから見ればそれはただ己の存在の小ささを物語る醜き空。受け止め方がそれほどに異なるのだ。目に見えるもの全てをそのように受け取ってみよ、自分に笑いかける人々はきっと心の中で己のことをあざ笑っているに違いない。頬張る肉も、自分がこうして食さなければ今頃生きていた。何もかもを悲観的に受け止め、答えなどない事柄について果てもなく悩み続け、眠らず、食さず、体内時計が狂い、体温は落ち、生きる希望を失う……………それをお前がどう救おうと言うのだ?」 ダニエル 「……………。」 ドーナ 「お前のせいではない、お前まで気を病むでない。その者も今頃きっと楽になれたのであろう。果てしなく続く苦悩の中で、お主等友達はたとえ一瞬でもそやつの苦しみを暖和してやったことには違いないのだよ、ダニエル。」 バーロン 「我々のコネを使えばゴーダに入る事も容易。もう少し賢く生きてみよ、小僧。」 ダニエル 「あんたらの権力を使う気はない。一から自分の力でのし上がって見せる。」 ネス 「いい心構えだ。君が入りたいのはペッツで違い無いんだね?」 ダニエル 「あぁ。」 ネス 「承知した、僕から話をつけておこう。」 ダニエル 「入団試験は受けるつもりだ、余計なことはしなくていい。言った通り、俺はあんたらの権力を武器に使うつもりはない。」  それを聞いたネスがクスクスと笑い出した。 ネス 「我らケルスが一体何年君のことを見守ってきたと思う?」 ダニエル 「……………?」 ネス 「ペッツにちゃんと話をつけておかないとね…………君の時だけ難易度を大幅にあげてくれ、と………」  息子の成長をしみじみと感じ、ケルスのメンバーが誇らしげにダニエルを見つめる。 グリフィン 「健闘を祈る………我が息子よ。」

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