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第二話 この愛に隔てなど無い 6

「少しは腹の足しになるか。」 ニック 「メス二匹にオスが三匹……メスは小さくて食った気がしねぇから俺はオスの方をもらうわ。」 ザック 「行くぞ。」  日が落ち辺りはすっかり暗くなっていた。暗くなればなるほど視界は良くなり、空腹でさらに高揚感が増す。即座に首に噛みつけるようにと開けた口からよだれが滴る。ニックとアイコンタクトで獲物に飛び掛かろうとしたその時、狙っていたうちの片方の狐が振り向いた。星々が照明のように照らす夜空を背景にして、サラサラとした毛先が宝石を細かく砕いたようにキラキラと輝いている……ザックの目が釘付けになったその瞬間、「キャオンっ…!!」とすぐ先の茂みから聞こえた断末魔がザックの意識を正気に戻し、逃げ始める二匹の狐に飛び掛かり、その小さな体を踏みつけた。 一匹は気が狂ったようにガルル……と威嚇し、もう一匹は諦めたようにじっとしている。すぐにそれが先程振り向いた一匹だと分かった。早くその華奢な首の骨を折ってしまわないと……ザックが口を開け、その首筋をくわえるとその狐は言った。 「……お願いだから、そっちの狐は放してあげて。」 ザック 「………!」  ……この期に及んで他者の心配とは、肝の座った狐だ。やはり食べてしまうのは惜しい気がする。望み通り片割れの体から手をどけると、その狐は一目散に逃げて行った。 ザック 「怖くねぇのか?」 「馬鹿ね、怖いに決まってるじゃない……」  狐はそう言って静かに涙を流す……己の運命を受け入れているのだ。その涙は月明かりに照らされキラキラと輝いてはスっと落ちてゆく。まるで小さな小川のせせらぎのように、静けさの中にある清く凛々しいその精神には(おもむき)さえもを感じる。ザックはそんな彼女の耳元に顔を近付け、こう囁いた。 ザック 「……いいか?俺が合図したら断末魔のように鳴け。」 「………?」 ザック 「その後に死んだふりをしろ。本気でやれ、チャンスは一度きりだ。いくぞ……さん……に……いち……」  首をくわえ込んだと同時に狐がキャオン…!と叫んだ。ぐったりとした狐をくわえたザックに、狩ったばかりの獲物を(むさぼ)るニックが話し掛けた。 ニック 「もう一匹は逃がしちまったのか?体が(なま)ってんじゃねぇのか?」 ザック 「放っとけ。」  無我夢中になり旨そうに食事をするニックを残し、ザックは狐を口にくわえたままその場を走り去った。しばらくして辿り着いたのは小さな湖の畔、ここまでくれば……とくわえていた狐を地面にそっと降ろした。 ザック 「ここならもう平気だ、行け。」 「………。」  ところが狐は逃げるどころかその場に伏せて寝転んだ。何の真似だろうか?オスを殺された今、強い立場であるこの自分に服従でもしようというのか……同種であるならまだしも、異種である自分に? ザック 「何をしてる?早く行け。」 「……はぁ……はぁ……。」  狐は息を荒くして苦しそうにしている。ザックが首を傾げて様子を見ていると、彼女の腹がグニョグニョっと動いた。 ザック 「………!!!」  衝撃的な光景を目の前にして固まっているザックをよそに、狐は相変わらず苦しそうにゼェハァと荒く呼吸をしている。 ザック 「お前……身籠(みごも)ってたのか?」 「もう、産まれる……」 ザック 「……ちょ、ちょっと待て……!!」  サっと立ち上がり、どうしたらいいのかとウロウロするザックに「穴を掘ってくれ」と狐が頼む。「わかった」と草むらのど真ん中に穴を掘り始めるザックに「そんな所ではすぐに天敵に見つかってしまう」と伝えると「そうか!」と今度は木の上に上り穴が空いた(みき)を探す………。 「そんな高い所じゃ落ちちゃうわ……」 ザック 「そうか……どうすればいい?」 「岩のすぐ傍が……いいわ……」 ザック 「岩だな!ちょっと待ってろ!」  一分も経たないうちに戻ってきたザックが狐をくわえると、見つけた岩場まで慎重に走り出した。一度彼女を草むらの上に優しく降ろし、ここでいいかと聞くと彼女は頷いた。穴の中へ入って行ってから間もない内にキャン……と痛みに耐える様な鳴き声が洞穴から響いた。恐る恐る洞穴の中に入ってみると、焦げ茶色をしたネズミの様な生き物がモゾモゾと狐の周りを這えずり回っている。 ザック 「ネズミか……?」 「失礼ね……赤ちゃんよ……」  力尽きる様にぐったりと寝そべる狐が、力を振り絞って起き上がっては赤ん坊の体をペロペロと舐めてキレイにする。ザックはそっと隣に寝そべり、見よう見真似でそれを手伝った。 ザック 「名前、まだ聞いてなかったな。」 「ダフィーよ」 ザック 「………狐は何を食うんだ?木の実か?魚か?」 ダフィー 「ネズミって言うからネズミが食べたくなってきた。」 ザック 「待ってろ、今取って来てやる。」 ダフィー 「どうして?」 ザック 「………?」 ダフィー 「どうしてあなたはそうやって……私を助けるの?この子達が大きくなるまで待つつもりなの?」 ザック 「……かもな。」  背中でそう返事をしたザックは、穴倉を出て行った。

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