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第二話 この愛に隔てなど無い 8
「そんなに怯えた顔をするな……痛い思いはさせんよ。」
ダフィー
「殺 るなら早く殺りなさいよ……」
「お前に指図される覚えはない。図に乗るな、たかが狩られる分際で。」
ダフィー
「次に産まれてくる時は……お前を狩る生き物になってその毛皮を剥ぎ取ってやる……!!」
「顔に似合わず乱暴な事を言うもんだ……ザックの奴、こんな気が強いメスのどこがいいんだか。」
威嚇するダフィーの牙を眺めながらあくびをするその口から覗かせる大きな二本の犬歯。……嫌でも体が震えてしまう。少なくとも子供たちは安全なのだと自分自身に言い聞かせ、身体の震えを必死に抑えた。
「なぜザックは私に歯向かえないか……その理由を知っているか?」
ダフィー
「………?」
「ん?……知りたいのか?」
誘うように眉を上げてダフィーを挑発する。余裕のあるその振る舞いに、強さの桁の違いを思い知らされる。この短い犬歯を食い込ませたところであの分厚い毛皮を貫く事さえ叶わぬであろう。その次の瞬間にこの息の根は間違いなく止められる……。諦めるしか他にない、これが現実なのだ。
ダフィー
「………。」
「ザックは私に命を救ってもらった恩があるからさ。……雨がひどく降り続ける朝方、血の匂いに導かれて辿り着いた先に腹を弓で射られて死んでいるレオパードが居てな。共食いをするほど腹が減ってはいなかった私はその場を去ろうとしたのだが……ピーピーと鳴く声がして母親の死体を持ち上げてみると、そこには子猫の様な顔をしたあの子が居て真っ直ぐに私を見つめた。私はその子をザックと名付けた。ニックは私の本当の息子、だからザックとニックは本物の兄弟ではないのだ。」
ペロペロと自らの手を舐めながら、そんなザックの身の上話をダフィーに聞かせた。
「お前を食うつもりなど初めから無い。」
ダフィー
「………?」
「子供を連れてこの街を出ろ……ザックと共に。」
ダフィー
「………!」
「これ以上は無理があるのだ……ザックがお前や子狐共を匿っている事は当の昔から知っていた。あの時口一杯にネズミをくわえてお前たちの元へ戻ろうとしていたザックを見た時はまさかと思ったが……自分も拾われた身、産まれたばかりの子狐達の気持ちが少しは分かってしまったのだろうな。いいか?奴が来る前にこの地を去れ。今はもうこちらに向かっているはずだ。手遅れにならぬ内にザックと共にどこか遠くに逃げるのだ。そして二度と帰っては来るな。」
ダフィー
「奴って……?」
「……手の甲にババロンという組織のタトゥーが入った男、トニー・マティーナ……」
その男は相変わらず爽やかに微笑み、二人に話し掛けた。クリスとリリにとって今はその男の素性よりも、子狐達の方が心配なのだ。
トニー
「よろしくね。」
差し出された手の甲にはその一面に大きなタトゥーが掘られている。ババロンという文字の真ん中に、横に長く伸びる立派な角を持ったの牛の骸骨のような絵が描かれている。綺麗なグリーン色のシルク素材のシャツの胸元は大きく開けられ、彼のたくましい胸部がつい目に入ってしまう。
ミイラ男
「俺クリス、こっちがリリ。」
トニー
「君たちが居てくれればもう安心だよ。情けない話……男とはいえ、僕一人であの子達を守り抜ける自身が無かったから……」
魔女
「叔父ってことは、ダフィーのお姉さんの……」
「うん」と照れくさそうに微笑むトニー。彼に案内された二人が子狐達が隠れているとされる秘密の隠れ家に入ると、リリはそのまま奥の部屋に通され、クリスには見せたい物があるから付いて来てほしいと別々の部屋に通された。
トニーに続いてクリスがその部屋に入ると、彼は「座って。」と親切にクリスのために椅子を引いた。
ミイラ男
「あ、どうも……。」
トニー
「君はお酒を飲める歳なのかな?」
ミイラ男
「そんなに幼く見える?」
トニー
「んー……どうだろう?包帯でよく見えないや。日の光が苦手なんだろう?君たちミイラは。」
ミイラ男
「本来ならね。でも俺は純のミイラじゃないから何ともないよ。」
トニー
「へぇ、人間の血が混ざってるの?」
「そりゃ驚いた。」とグラスに酒を注ぎ、ボトルに蓋をした。コップを一つクリスに渡し、引きずってきた椅子をクリスの向かいに置いてその上に腰を降ろした。両手でコップを抑えながらスっと身体を前のめりにしてクリスの顔を覗き込む……。
トニー
「顔、もう少し見てみたいな。」
ミイラ男
「えっ……と……」
トニー
「包帯、取って見せてよ。」
優しく微笑みかける彼に嫌だとも言えず、仕方なく顔に巻かれた包帯を解いていくクリス。サラサラ……と降りた髪が自然に彼の右目を隠し、片目でじっと自分を見つめるクリスにドクン……と心が反応した。
トニー
「……君は女の子なのかい?」
ミイラ男
「……男だよ(怒)」
機嫌を損ねたクリスがムスっとした表情で再び顔に包帯を巻く。そんなクリスの手をトニーが掴み、そっと下に降ろした。
トニー
「こんなに綺麗な子、見たことが無いよ。」
ミイラ男
「………!」
頬に触れたトニーの手がそのまま優しく頬を撫でる。そしてあとうことか彼はそのままクリスに口付けをしたのだ。驚いたのも束の間、チクっと首に鋭い痛みが走り、その直後クリスはトニーの腕の中で深い眠りについた。
トニー
「……悪いね、許してくれ。」
シュボっ……とマッチを付ける音がした後、鼻に突くような葉巻の匂いが部屋に充満する。
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