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第四話 思い出の蓋を開けて 5

 ー 320年前 ー  三メートルほど深く掘った土の中にウィリアムの遺体を埋葬した。(かたわ)らで山積みになった土を放り穴を塞いでいく。シャベルを地面に突き刺し、ダニエルは空を眺めた。こんな日はせめて雨でも降っていれば涙を誤魔化すことができたのに、その日の空はどこまでも青く晴れ渡った清々しい空だった。 ダニエル 「……こんな時まで、演じろってか?」  ウィリアムがその下で眠っている……その土を一握り掴み、その手を高く天に()げ、そっと(こぶし)を広げて土を宙に撒いた。思い出と共にはらはらと舞い消え去ってゆく土が日の光に反射してキラキラと輝く……ダニエルはそれを綺麗だと思った。おかしな話だ、ウィリアムの亡骸を埋めていた時までこの心は確かに悲哀に満ち溢れていたのだ。それが今は、どこか心の隅からほんの僅かずつ温かみを感じるのだ。これが彼からダニエルへの、最後のお礼なのだろうか? ダニエル 「お前らしいな、ウィル。」  そしてカラになったその手をギュッとまた握りしめ、その手の甲で涙を拭った。 リリとはこれからも会うべきだろうか?いっその事、目の前から消えてしまった方が彼女のためなのかもしれない。あの時アレンが死んでいくのを何もせずただ見つめていた男の顔など、きっともう見たくも無いだろう。 ……そうして一人になったリリは、どうやって生きていく?愛するもの全てを失い完全なる孤独の中で息をして生きていくのか?そんな彼女は、自ら命を絶ったりしないだろうか?そんな彼女を己以外の一体誰が救ってやれよう?そんな彼女を……なぜ見捨てて行けよう?  コンコン……少し間隔を開け、三度その行為を繰り返した。そして三度目にドアがゆっくりと開き、リリが生気のない顔を覗かせた。 ダニエル 「………。」 リリ 「………入って。」  ダニエルの顔を見ないまま、リリは彼を家の中に入れた。力なくダイニングチェアに腰掛けるリリの向かい側に座り、テーブルの上にのせられた彼女の手にダニエルはそっと自分の手を重ねた。……どんな言葉から始めたらいいのか分からない。謝罪の言葉からか、それとも…… ダニエル 「……俺は、あいつらを……」 リリ 「あの子は後悔してた?」 ダニエル 「………?」 リリ 「禁術を使ったんでしょう?あんたからの手紙にもそうあったけど、その印があの子の胸部に刻まれていたわ。」 ダニエル 「あぁ、自分の人生は自分で決めるってな。あいつの意志だった。リリ、俺は逃げも隠れもしない……恨みたければ、目の前に居たのに救えなかった俺を恨め。殺したければ殺せ。」  そんなもので彼女の一生の宝がその腕に戻ってくる訳が無いのは百も承知。何も他にする術がない不甲斐なさにダニエルが唇を噛みしめる。大切な存在を亡くしたのは彼もまた同じ。ダニエルさん!ダニエルさん!いつもそう言って懐いた子犬のように後をついてきた可愛い部下も、今は冷たい土の下に眠っているのだ。 リリ 「……私たち、似た者同士ね。」  温かみの無いそんな悲しい笑顔を死神に向けた魔女。もう流し切っていたはずの涙がまた溢れ出す。 リリ 「何であたし、生きてんだろ……何であたしじゃなくてあの子だったんだろ……神様はどうして、あの子を選んじゃったんだろ……?」  ぐしゃぐしゃな泣き顔でそう呟くリリ。……これ程までに悲しい質問があったものか。そんな彼女を見つめるダニエルも同じように涙を流した。その心の痛みも苦しみも、悔しさも後悔も全てが分かり合えた。ダニエルが今まで上手くまとめることの出来なかった思いを、どんな言葉で表せば良いのか分からないでいた思いを、まるで彼女が自分の代わりに言葉にしてくれているようで少しずつ気持ちが楽になっていくのを感じた。……この娘を、この手で守らねばならない。それはきっとこれからの己の生き甲斐になるであろう。 ダニエル 「俺は一生お前を守っていく。」 リリ 「………。」 ダニエル 「どんなことをしても、お前を幸せにしてみせる。」  意味も無くそっと重ねていただけの手を、今度はぎゅっと強く、この心の誓いと共に握ったダニエルが真っ直ぐにリリの目を見つめて言った。 ダニエル 「リリ、愛してる。」

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