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第六話 その瞬間まであと一歩 4
「ぐぁあああ!!」……地鳴りのように怪物が大声で鳴くと、森の木々からその声に驚いた鳥が一斉に飛び立った。そしてその怪物は、建物一つを簡単に飲み込めてしまえる程の大きな口をガバっと開く。
ネス
「………全く、勘弁しておくれよ。」
カパっと口を閉じた怪物の頭の上で、あぐらをかいて座る男がガハガハと腹を抱えて笑っている。……そう、この男こそがモーリスの長、カラットだ。そしてカラットが可愛がっているこの森の守り神、ペルペル。鋼のようなその強硬な鱗にはどんな武器も通用せず、絶対の防御力を誇る。この大きさまで生き残れたのも納得がいくものだ、その上に両生類という言わば無敵の生き物。その見た目とは裏腹にとても温厚な性格で人懐っこく、モーリスの子供達をいつも見守ってくれている優しい生き物だ。
「やれやれ……」と着ていたローブを脱ぎ、それを力一杯にひねり水を絞るネスを見下ろしながら、カラットは未だにケラケラと笑っている。
カラット
「たまには水浴びも良かろうて!な、ネスよ!!」
ネス
「頼むよ全く……着替えは持って来ちゃいないんだ。それに、こんな事をして遊んでる場合じゃないんだよ、緊急事態なんだから。」
眉を困らせ文句を言うネスをケラケラと笑い、ペルペルから降りるとその足を地上に付けた。すぐ傍に生えている木の果実をもぎり取り、口いっぱいにモグモグと頬張るカラットはネスにこう言った。
カラット
「裏切り者の末路になんぞ興味は無いわ。」
ネス
「……やはり知っていたのかい?」
乾くまではこの恰好で居るしかなさそうだ。仕方なく濡れたローブを手に持ち、岸辺を歩き出す。いつもバーロンやグリフィンから「お主のその童心はどうにかならんのか」と言われるが、この者程ではないだろう。
カラット
「名はハン、昔から盗み癖の直らん奴でな。翡翠を盗みそれを売りさばこうと企んでおった大馬鹿者だ。」
ネス
「……随分と大それた事を思いついたもんだ。それで?君はそのハンをどうしたんだい?」
カラット
「永久追放してやったわ!この森からな!」
ネス
「なるほどね。その者が罪人だったって事が知れただけでもここへ来た甲斐があったよ。」
カラット
「水を被った甲斐もな(笑)」
呆れた顔をするネスに「飯でも食っていけ」とカラットが晩餐に招く。モーリスの森のどの位置からでも確認することが出来るほど高く、天に向かってそびえ立つこの森で一番高い巨木。そしてその木の先端に建てられた、まるで宙に浮いているかのような不思議な形をしている宮殿、ロトン。ロトンの森の名の由来だ。
「ネス様……!!」
宮殿に入ると、一人の女子 がひらひらと肩掛けをなびかせこちらに向かって掛けてきた。カラットの姪っ子のエリザベスだ。
ネス
「やぁベス、久しぶりだね。相変わらず美しい女子だ。」
エリザベス
「やだ、ネス様ったら……。」
顔を赤らめて目を反らすエリザベス、そんな彼女は密かにネスに想いを寄せている。カラットはそれに気付いているが、ネスは色恋には疎 い男。いつも何の悪気も無く彼女の心を掴んでは、それを呆気なく手放し去って行く……罪な男なのだ。
エリザベス
「ネス様、びしょ濡れじゃない……そのままでは風邪をひいてしまうわ!私の部屋に来て下さい、今すぐ召使いを。」
ネス
「僕のことは構わないでいいよ、そのうちに乾くから。」
カラット
「死神が風邪などひくわけが無かろうが。」
エリザベス
「おじさまは黙っていて下さい。ネス様、早く。」
ネス
「いやぁ困ったね……僕にはそんな華やかな衣装は似合わないよ。」
ロトンで暮らす者達が身に纏っている衣服の特徴、それは淡く透き通り、裾が膨らんだズボンに女性は胸だけをズボンと同じ生地の布で隠し、肩掛けを掛けている者も多い。男性は同じ類のズボンに、上半身はそのまま特に何も着ていない。首飾りやブレスレット、指輪や髪飾りなど装飾品を大いに好む、何とも華やかな装いの種族だ。……死神の自分には気が引けてしまう。そもそもここへ来た理由は例の遺体の件についての談義、それから同盟協定を持ち掛けるため。そんな中、ダニエルの蘇生の事も同時進行で進めなくてはならない。……こんなファッションショーをしている暇など無いのだ。「やれやれ……」とネスは仕方なくエリザベスの後について行く。
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