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第六話 その瞬間まであと一歩 8

 ネスの顔を見るなり、護衛の者達が次々と敬礼をして彼を奥に、そのまた奥の部屋にと通す。「遅かったな。」宮殿の最上階にあるカラットの自室。その扉を開けて中に入ったネスに、バルコニーの塀から森を眺めるカラットが言った。「悪かった、待たせてしまったね。」早足でカラットの傍に来ると、彼に並んで塀に肘を付いた。 ネス 「……申し(ぶん)無い景色だ。」  青みの強い深緑色から段々と、明るい黄緑色、そして黄色へと色変わりする美しいグラデーションの木の葉がサラサラと風になびかれ互いに作り出すその音は何とも上手く調和して森に響き渡り、その音を聞いた小鳥達は歌い出し、その歌声を聴いた他の動物たちは合の手を入れるように鳴いた。そんな自然の中で生まれた音楽を、風が「聴きなさい」とこのバルコニーまで運んでくれたのだ。 カラット 「俺の自慢の森だ。」 ネス 「この森が荒らされてしまうなんて事……あってはならない。」 カラット 「あぁ、この命を懸けてでも守ってみせるさ。ネスよ……」 ネス 「………?」 カラット 「俺の代わりに、これからはお前が……この森を守ってはくれないか?」 ネス 「………!!」  何の前触れも無く彼の口から出てきた、そんな突拍子もない言葉……。今何か、聞き間違えたのだろうか? “耳を疑う” とは、正にこんなシチュエーションに用いる言葉なのだろう。驚いたネスが黙り込んだ。 カラット 「先日、サランドから使者が訪れた。奴らはもう既にいつ何時からでも開戦可能である事、この地も奴らの領地拡大の範囲内である事、……そしてその目的とは我らの血であること、大きく挙げてその三項目が告げられた。ならばだ、俺がこの身を好きに使わせれば他のモーリスの者達は今のまま安全に、誰が誰に別れを告げることも無く暮らせる。奴らが欲しいのはこの美しい自然などではない……この身に流れるエルフの血。ならば我が、最後の一滴飲み干されるまでくれてやろう。その事をその場で使者の者に言って伝えた。」 ネス 「其方(そち)を愛するこの森の民が、そんな自分勝手なことを許すはずがないさ。何故戦いを選ばなかった?我ら死神界も手を貸そうて。」 カラット 「正直な話、モーリスは戦には向かん。我らの術は攻撃には長けていないもんでな。」 ネス 「……だから、助けが必要なのだよ。争いとは裏をかけば頭脳戦さ。サランドは真っ向からその膨大な勢力だけを武器に挑んでくるであろう。君たちモーリスが滅んだ所でどちらにせよ、死神界にもその手が伸びるのは時間の問題だ。ならば我らは今互いに手を取り、どちらもダメージの無い内に十分過ぎる程の策を練り、術を巧みに使い、奴らの陰謀を打ち返さんとて。……そんな考えはどうかな?」 カラット 「我らモーリスにできる事とは……?」 ネス 「そりゃあもちろん……」

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