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第六話 その瞬間まであと一歩 10

「……サランドが今でも待機状態を維持しているのには何か訳があるに違いない。すぐにでも攻撃を開始する事が可能であるにも関わらず……一体何を企んでいるというのだ。」  バーロン達が離れた今でも、神堂では残りのケルス達が談義を進めていた。モーリスの遺体の件はネスが受け持ちこの場を後にした今、彼等が話す議題は各地の抗争の事についてとなった。 ドーナ 「いくつか予測はつくが、どれも確証はない。……一つは、奴らも我々と同じようにこちらの様子を伺っている故。または初めの一手がどう来るかを見定めるため。……そして二つ目に考えられるのは、争いに関係の無い各地の民が避難をするのに十分な時間を与えているため。」 グリフィン 「どちらもあり得るであろう。あれだけの武力が有りながらこれまで必要以上の占領や領地拡大をしてこなかったのは、奴らには奴らなりの志があるからとも考えられる。同時に、我々が隠し持つあの化け物の力を十分に思慮した上での判断なのやもしれぬ。」 「……一度その封印を解けば、もうそれを止める事などできぬ最終手段……我ら死神も滅びかねん。あやつの解放に至っては充分以上に慎重になるべきだ。」  ……その時、何者かが外側から神堂の扉を叩いた。 「……失礼致します、機密諜報部のリー・ボルトンと申します。例の内通者の件で報告に参りました。」 ドーナ 「………!」  椅子の肘掛けに肘を置き、会議の内容に集中していたドーナがその声と名前を聞き即座に扉の方に目を向けた。 ドーナ 「入れ。」  それを聞いたリーは扉を開け、一度敬礼したあとに神堂内に入った。久々にリーの元気そうな姿を見たドーナの顔が少しだけ嬉しそうに見える。……無論、そんな彼女を見るグリフィンは内心面白くはなく、小さなヤキモチを妬いてケっとそっぽを向いた。神堂の中央に立ち、ケルス達の前に(ひざまず)くリー。彼はそのまま顔を上げずに報告を始める。 リー 「……早速で恐縮なのですが、内通者の正体が判明致しました。」 「………!!」  これにはケルス達も皆驚きを隠せなかった。……あのネスでさえもその捜索には手こずっていたものを、この男は難なくやってのけたのだから。 ドーナ 「やはりお前は役に立つ男だ。」  俯いたリーのその横顔が、少し照れているようにも見える。 グリフィン 「……やはりモズか?」 リー 「モズから一人……そしてゴーダからも一人、関与している疑いが非常に高い者を探り当てました。モズの者の名はレイク・カーチェス……セルリオ様の護衛担当の者です。」 セルリオ 「…………そんな、まさか。」  六番目に名が露わになったケルス、セルリオ。ケルスのメンバーの中では比較的大人しい性格をしているため、会議に()いてもあまり発言することはない。 「そやつの姿を最後に確認したのはいつ頃になる?」 セルリオ 「二日前だ。遠方の小さな王国から援助の要請が届き、その便りの返事を持たせ使いとして派遣した。戻るのは今日の日没頃になるであろう。」 ドーナ 「リーよ、その者を内通者だと割り当てた要因を申せ。」  ドーナからの問いに「はっ。」と反射的に返事をしたリーがその理由を話し出した。 リー 「……モズの隊員全ての書類を一から見直した所、レイクの書類にだけ妙な点が幾つか有りました。一つは出身地……ノーデルと記されていました。このノーデルという地は1000年程昔に隣国の内戦に巻き込まれ壊滅しています。レイクが組織に入隊したのも丁度同じ時期……街が消えた故、その地の出身である事が真実か否か……それを確かめる(すべ)が無い以上、神の懐を通ったという事実も有り得なくも無い話かと。」  良くまとまったその説明に、一早く眉をひそめたのはグリフィンであった。 グリフィン 「納得がいかん。……神の懐の審査の基準は、その地が地図上に実際に存在するか否かではない。その者が書類に書き記した時、その者の心に偽りがあるか否かだ。特殊な魔術でそれを察知できるように仕組まれている。……よって、お主の申す事には信憑性に欠けている点がある。」 リー 「理由はそれだけではありません。このノーデルという街は、当時その人口の半数以上がサランドから亡命してきた元サランドの国民であったという事も判明致しております。」 「………ふむ、ここで話の展開が大きく変わる訳だな。」 セルリオ 「レイクは過去に、身寄りは居ないと申していた。……彼が戻り次第、この場に呼ぶとしよう。」

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