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第六話 その瞬間まであと一歩 12

 昨夜の雨でできた大きな水溜りの傍で、しゃがみ込んだルシファーがクンクン……と(やぶ)の中の匂いを嗅いでいる。 ダニエル 「どうした?何か居たか?」 ルシファー 「……匂い、スル……」  藪の中の枝を指差したルシファー。ダニエルが良く目を凝らして見てみると、ルドルフの屋敷にある標本で見た不迷虫と瓜二つな虫が枝の上で羽を休めていた。「シっ……。」人差し指を口に当て、静かにするようにとルシファーが注意をする。ダニエルはコクリと頷き、両手をゆっくりと虫へと近付けるルシファーを黙って見守った。 ふっ……と閉じたその両手の隙間から飛び立った不迷虫は、空高く一生懸命に羽ばたき、まるで必死に生きながらえようとしているよう。二人は無理に捕まえようとはせず、飛び去って行く不迷虫をただ眺めた。 ダニエル 「………逃げちまったな。」 ルシファー 「………うん。」  虫が飛んでいった方向へと歩き出すダニエルの後に続き、ルシファーも歩き始める。「あなたは優しいのね。」いつも思い出すその声……。どうしてだろう、その度にこの心は裂ける様に痛むのだ。 ルシファー 「アレン………。」

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