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第六話 その瞬間まであと一歩 13

セルリオ 「……レイクに手を貸しているというゴーダの者とは?」  思いもよらぬ事実に、さすがのセルリオも今回は積極的に発言をしている。レイクが自分の護衛担当になってからしばらく経つが、今までレイクからそんな素振りは一切見受けられなかった。 リー 「ダニエルからは既に、ゴーダの現隊長カール・ジェイムズの実妹が誘拐された件についてお聞きでしょうか?」  この時神堂の扉が再び開き、外出していたルドルフが戻ってきた。何も言わず自分の席につき、会議に加わる。……そんな彼を横目で確認しながらドーナが返事をした。 ドーナ 「いや、知らされてはおらぬ。」 リー 「ダニエルからこのスパイの件について依頼を受けた際、同時に『カールの実妹が誘拐され、実際にそれを人質に脅されたカールから自分は眠らされた。』と告げられました。」 グリフィン 「……それを命令したのはスパイと同一犯か?ダニエルが無事でいるという事は、その後何も無かったのか?」 ルドルフ 「眠らされたダニエルを連れ帰ったのはネスだ。」 「……何だと?どういう事だ。ネスがスパイに関与していると?」 ルドルフ 「わしはそうは思わんな。」  カールが眠らせた後、ダニエルを連れ帰ったのはネスだと言うルドルフ。神堂に居る彼以外の全員が、「一体どうなっているのか」とこの絡まった状況を理解するのに苦しむ。 ルドルフ 「わしがまだ地下牢に囚われていた時にな、ダニエルをわしの元へ連れて来るようにとネスに頼んだのだ。……人格が移り、あやつがこの身体と意識を乗っ取り、好き勝手しているその間はわしは何も感じん。だがな、あやつが離れた後のわしはいつの時もあの小僧に悪い事をしたと罪の意識を感じていた……お主等が信じられぬのも承知の上、だがこれは事実だ。牢屋という限られた小さな空間の中で過ごす中、考えさせられる事は多く、ここを出たらどのような研究をしようと胸を弾ませる日々はそこまで苦では無かった。そしてそれと同時にこの老いぼれた体の芯に決めていた事があるのだ。」 グリフィン 「…………?」 ルドルフ 「ダニエルの宝物を、そっくりに造ってやろう……とな。わしはこれからしばらくの間、蘇生のことで忙しくなる。今日はその事についてお主等、他のメンバーにも報告をしに来た。ドーナ、グリフィン……あまり案ずるでない。」  愛する息子が片足を失うであろう事を案ずるなと……?それはきっと無理な話だろう、親が子を心配しない時などありはしないのだから。 ダニエルの事が気がかりな一方、今は死神界のトップ、ケルスとしてその役目を果たさねばならない。 ドーナ 「リーの推測が必ずしも正しいとは限らん。我々の見えぬ所にいつでも真実は隠れていよう。犯人を断定できぬ今、無暗にそれを決めつけ死神界に更なる犠牲や脅威を生み出すことは断固として避けねばならん。」 グリフィン 「その通りだ。……リーよ。」  ドーナからのごもっともな意見に大きく頷き同意したグリフィンが、相変わらず自分等に跪くリーに視線を向け、彼の名を呼んだ。 リー 「……はっ。」 グリフィン 「この一件が解決するまで、レイクをセルリオの担当から一旦外す。ドーナの護衛を担当しているウェバーをセルリオの担当に移し、リー……再びお主をドーナの護衛担当として採用しよう。」 ドーナ 「………!」  内通者の件を報告しに来ただけのはずが、まさか再びモズに戻ることになるとは予測しておらず……驚いたリーは一瞬だけ敬意を示すことも忘れ顔を上げた。 リー 「わた……しが、ですか??」 グリフィン 「……個人的にはお主の事は気に入らんが、信頼はしておる。それからドーナよ。」 ドーナ 「………?」 グリフィン 「ダニエルとオーウェンを交換する。従って、以降お主の護衛担当にはリーとダニエルが就く。……異論は無いな?」 ドーナ 「異議は無いが……何故またそんな事を?」 グリフィン 「この状況下、いつ何時(なんどき)どやつからこの首を狩られるかも分からん。……わしが知る中ではその二名が最も信用できる故だ。リーよ、そなたの命……我が預かった。」 リー 「この上ない幸せであります……この命、喜んでドーナ様に捧げましょう。」  そう誓いを立てたリーが立ち上がり、ドーナの座る席の前へと来ると迷わずに着ていたローブを脱いだ。 ドーナ 「………同じ場所か?」 リー 「えぇ、お願い致します。」  その言葉を聞き立ち上がったドーナは、指をそっと彼の胸へと伸ばした。一度その手をリーの心臓部に当て、彼の鼓動を感じる……。夢のようだ、リーが我の元に戻ってきたのだから。そして今、彼は再び自らにその心臓を捧げようと言うのだから。 真っ直ぐにドーナを見つめる(くれない)(まなこ)………その瞳には迷いなど一切無く、彼の心からその意思を強く感じられる。この男はいつでも彼女のために死ねるのだ。 ドーナの指先がリーの滑らかな素肌を這い、指先に触れた肌が魔術で焼かれジュゥ……と音を響かせる。傷の周囲の血管が見る見るうちに紫色に浮き上がり、リーは苦痛に耐え眉間に皴をよせた。 以前にドーナがこの儀式を行った時も、彼は心臓のすぐ傍を選んだ。『この心臓は、あなた様の物です。』そう言って見せたリーがあの時少しだけ、ドーナの心を……。

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