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因循苟且

 本の虫である清風(きよかぜ)ほど博学ではないが、多少なりとも影響受けていた志翠(しすい)は、図書室で借りてきたギリシャ神話の本を眉間に皺を寄せながら教室で読んでいた。 「脳味噌が拒否反応起こしてんぞ、志翠」  前の空いた椅子へこちらを向きながら座って来たのは、クラスメイトで一番仲の良い大道(たいど)だった。 「違うって、神様の思考回路が相変わらず理解不能過ぎてビビるんだって、これ。マジで皆節操ないし、ゼウス何人子供産ませてんのってなる、戦国武将も真っ青よ」 「てか楽しい? そんなの読んで」 「まぁ、トンデモ恋愛を除けばそこそこ……それにギリシャ神話は星座の元になってたりするからそーいうところとかは面白いよ」  笑って本から顔を上げた志翠に対し、大道は眉間に深い皺を寄せていた。 「……お前って見た目と違ってロマンチストだよな、全然天文部ってキャラじゃねぇのに」 「天文部はお前が思うような少女漫画みたいにキラキラした世界じゃねぇんだぞ、部員は殆ど男だし、天文部と銘打っておきながらなぜか地学の勉強してて、地学オリンピックの予想問題がどうとか言ってんだぞ、そっちのが脳味噌パンクするわ」 「じゃあなんで辞めないの? そーいうのお前向いてないでしょ」 「……そう……だけど……。けど、純粋に星は好きだし」  急に言葉尻が弱くなって俯き出した友人の顔を覗き込みながら大道は訝しむ。 「ふぅん……、まぁとりあえずお前の動機が不純なことだけは把握した」 「不純ってなんだよっ、人聞きの悪いっ、純粋に星が好きだって言ってんだろっ」 「でもそれだけじゃない」  鋭い言葉と怪しい笑顔で大道は志翠の真意を突くように至近距離で詰めた。  一気に不機嫌な顔になった志翠は「お前のこと今日からスフィンクスって呼んでやる」と間近にある相手の目を睨み返す。 「スフィンクスって、あのエジプトのやつ?」と、大道はライオンの前足を両手を使ってジェスチャーで表現した。 「ブー! ギリシャ神話に出てくる悪い怪物」 「怪物ってなんだ、このやろーっ」  大道に強烈なヘッドロックを決められ、ギブアップを叫ぶ志翠をクラスの女子たちは動物園の猿でも眺めるような生暖かい視線を送った。  放課後の図書室の面子は毎回大抵同じだった。  進学クラスの生徒たちか、もしくは本の虫たち。  その中にはもちろん清風も含まれており、掲示板に貼られた自分が書いたリクエストカードへ、予約した本が入荷しましたと書かれたお知らせを確認すると、慣れた様子で清風は司書カウンターへと向かった。 「明月(あきづき)くん、お待たせ。予約してた本、入荷したわよ」    常連の清風が確認のため生徒証を提示するより早く、司書の女性は明るく笑いかけると、奥の本棚から新しく入荷して来た本を引っ張り出して来た。 「これで間違いない?」と、彼女は清風に表紙を確認させた。 「はい。ありがとうございます」 「誰もまだ触れていない、新しい本を一番最初に読むのってドキドキするわよね、って明月くんにはもうそういうのないか?」 「そんな事ないです。最初の1ページ目を捲るのは今でも好きです」  処世術のひとつみたいに軽く微笑み、清風は司書に同調する。司書は微笑みを崩す事なく本と貸出カードのパーコードを通し、2週間後の返却日を伝えると「また感想聞かせてね」といつものお決まりのセリフで締めくくった。  中学時代であれば、閉館の時間まで図書室に居座り、ひたすらに本を読んでいた清風だったが、天文部に入ったお陰でその時間はすっかりなくなってしまった。  まだ夜間の活動許可が下りる時期ではないため、部活動の内容は休憩時間の延長線みたいな不毛な世間話か、地学オリンピックの過去問を解くかの大抵この二択だ。  もちろん自分の親友は地学なんかに興味はないため、前者の不毛な世間話、もしくは宿題を教えてと言ってくるかのどちらかだろう。  週末にあんな事があった後、初めて顔を見る月曜の放課後が清風にはひどく重苦しかった。あの朝のことを思い出すだけで恥ずかしくて、思わず廊下で発狂したくなるほどだった。  その上、親友は変わってしまった自分に対しての本音をあんな寂しそうに呟いた。それに対して自分はまた、そっけない態度を取って明らかに傷付てしまった。 「何一つ傷付けたくないのに……なんで、俺は……」  誰もいない廊下で一人、清風は深くため息をつくと項垂れ、頭を抱えた。

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