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莫逆之契

 結局、一番悪ふざけが過ぎた2年生たちは部長からこっぴどく叱られ、逆に先輩たちが謝る形で清風は天文部へ復帰した。  そして、地学オリンピック問題は‪志翠に代わって清風が解答担当となり、志翠は延々と難しい顔をしたまま、問題の意味すら分からずに清風の隣でただ黙って座っているだけだった。  それが志翠にとって、不毛な世間話をすることより何倍も楽しい時間であることを清風は少しも想像していなかったが、その証拠に帰り道ご機嫌な志翠はずっと笑顔のままいつも以上によく話した。 「先輩たち清風のこと、ずっと待ち望んでいた新星がようやく我が部へ来たぞー! 今年こそ優勝だぁあああ〜〜〜っ! ってめっちゃ雄叫び上げてたの、スゲェ笑った」 「3年生はまともなんだと信じてた俺が馬鹿だったよ」  志翠とは真逆に、酷くくたびれた顔をした清風は、3年生たちから熱烈に抱きしめられた肩が未だ痛むらしく手でさすっている。 「あん時の清風のドン引いた顔、マジウケたっ……ひひっ、すげぇ顔してた、めっちゃ素だった。目がヤバかった、ホント」 「天文部で謎の体育会系の暑苦しいノリをいきなり出されたら誰でもそうなる」 「なるけどっ、なるけどさっ、ひひっ、ブブッ、ダメッ、思い出すだけでもう……っ無理っ、腹痛いっ」 「一晩寝て忘れろ」 「無理、夢に出てくる」 「アホか」 「あっ!」 「今度はなんだ、忙しい奴だな」 「流れ星! 今の見えた?」  志翠はひとりでドンドン次の展開へ進んでいて、清風はややぐったりしながら「見てません」とだけ答えた。 「あっ、ホラ、また! 今日はすごく空が澄んでるからよく見えるよ! 清風も見てっ」  清風はもう突っ込むのも面倒で、楽しそうな親友が指差す夜空を素直に見上げた。  今夜は本当に天気が良い。空の星たちがいつもよりハッキリ見えていて、真夜中にならないと普段なら見ることが出来ない六等星までも瞬いているのがわかる。その中を時折スッと流れ星が夜空に明るい線を描いていく。 「流れ星ってある意味扱いが酷いよね」 「ん?」  相変わらず脈略のない志翠の謎の発言に、清風は眉間に皺を寄せながら首を傾げた。 「だって、地球の大気が入れてやんねーっ、つってそこへぶつかってワッて発光してんじゃん?」 「ワッてなんだ……、別に、目に見えてないだけで塵は地球まで届いてんだろ」 「塵じゃん、もうそれ流れ星の立場からしたら屍だから!」 「立場……、いちいち考えてられないよ、流れ星の立場まで。一日1トン降ってんだから」 「確かに……1トンは、考えてあげらんないな……」 「だろ」 「あっ! なぁ、来月の初合宿! みずがめ座|η《エータ》流星群見るのっ、すげぇ楽しみ!」 「見れるのは真夜中だぞ、ちゃんと起きてられるのか?」 「大丈夫っ、夕方まで仮眠する!」 「いや、その時間は準備時間だろ、普通に」 「俺の分も清風がするから大丈夫!」 「……やっぱ辞めようかなぁ、天文部……」  清風はため息混じりに夜空へ向かって小さく呟く。 「嘘嘘っ、ちゃんとするから、そしてちゃんと頑張って起きてるから!」  ぐいぐいと清風の制服の袖を引っ張りながら、志翠は子供みたいに甘えてみせた。その仕草が出会った頃から全然変わらなくて、清風はなんだかくすぐったくなる。 「はいはい。……晴れると良いな、合宿」 「俺たち二人は晴れ男だから大丈夫だって!」 「うん、そうだな……」 「流れ星にお願いする?」 「そのジンクスの由来は、キリスト教では神が下界の様子を見るために天界を開いたとき星が流れて、それに願うと神が願いを聞き入れてくれるとされているかららしい。日本やそれ以外の国なんかは本来流れ星は悪いものの象徴とされていて、国によっては……」  突如として弁を振るう清風に反して、志翠からジトリと冷ややかな視線を感じ、話すのをやめた清風は真剣な顔で「なんだ」と尋ねた。 「清風って残念イケメンだよね、ホント」  は〜っとわざとらしい大きなため息と共に、志翠は腕組みしながらがっかりする。 「科学的根拠のが良いなら、流れ星は一瞬にして消えるのに、そこへ願い事を言えるほど人は常に頭に強く──」 「もうっ、うるさい!」 「うる、さい……」 「デートでそれやったらマジ、フられるからね清風。気をつけたほうが良いよ!」 「デートの予定なんてないから良いよ」 「そんなことわかんねーだろー! 清風くらいイケメンだったら彼女なんてすぐ見つかるって、1年の有名なあの可愛い子誰だっけ、ホラ、清風のクラスにいるあの……」 「そんな話、どうでもいい」 「うん! そうだな! やっぱそんなのどうでもいいや!」  いきなり大きな声をあげて自分の意見を早くも却下する親友に驚いて、清風は地面に落とし掛けていた視線を志翠へ戻した。 「俺もう失敗したくないから、清風が嫌がる話はしたくないから。嫌な気持ちにさせてごめんな! もうしない、しないからっ」  今にも泣きそうな志翠の顔を見ていられなくて、清風は乱暴にその頭を鷲掴みにして柔らかな髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。 「わああっ、なにっ、清風っ」 「いちいち俺に気を遣うのやめろ、大丈夫だから」  清風の容赦ない力加減に少し目が回わりつつも、志翠はヨロヨロと頭を押さえながら清風を見上げた。 「大丈夫……って?」 「どんなに俺がお前と喧嘩しても、仲違いしても、ちゃんと仲直り出来るから。少なくとも俺は絶対にお前を嫌ったりしない、だから俺の知ってる志翠でずっといろ」 「清風の知ってる……俺って……どんな?」 「お前が一番知ってるだろ、それが正解だよ」  志翠はぼんやりと、ぐしゃぐしゃに乱れた頭に手を置いたまま、少しだけ逡巡して、誤魔化すみたいに顔を緩めて「へへへ」と、大きく笑った。 「……お前全然分かってないだろ」 「なんでバレた!」  ペシリと雑に頭をぶたれて志翠は短く悲鳴を上げた。  少し怒ったフリをしたのも束の間、清風は表情筋を崩して大きく吹き出した。 「あっはっは! ホントお前ってば、変わらないよな」 「絶対褒めてねーよな! 馬鹿な俺でもそれはわかるぞ!」 「そんなことない。少なくとも俺は嬉しいよ」 「清風は……大人になったのに?」 「大人って、俺たちまだ15だよ」 「それでも、清風は俺より大人になった」 「そんなことない。お前はいつも俺を過大評価し過ぎだよ」  寂しそうに拗ねて話す志翠を見ていたくなくて、清風は俯き加減の小さな頭に手を置くと、わざと少し荒っぽく左右に揺らした。 「もっ、俺で遊ぶっなってば、清風」 「ははは」 「ははは、じゃねーよ、ったく」唇を尖らせながらも、志翠は機嫌の良い顔の清風を見られるのが嬉しくて釣られて一緒に笑う。 ──俺は流れ星にお願いするよ、ずっと清風と親友でいられますようにって。  志翠は再び澄んだ夜空を見上げ、線を描いて消える流れ星を最後まで見守った。

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