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街談巷語

「じゃあ、そろそろ例のやつやるか」とOBが三年へ合図をかけた。 「あれですか……」  部長はなんだか乗り気でない様子だ。 「例の……?」  志翠は小腹が空いたらしく、菓子パンを齧りながら首を傾げた。 「毎年恒例なんだよ。新入生が屋上以外の電気を消して来るっていう……」 「ええーーーっ!!! やですよ! ヤダ! パワハラ反対!!!」 「パワハラって大袈裟なこと言うなよ、明嵜(あけざき)、俺たちだって去年やったんだから」 「2年生は4人もいるじゃないですかぁ! 俺たち1年は2人きりですよ!! 心細さのレベルが違うでしょぉ!!」 「別にいいよ、志翠。俺一人で行くから」 「何言ってんの、清風っ」 「別に、電気を消してくるだけだろ? 俺だけで行ってくるから、お前はここに残れ」 「そんなっ、清風だけを生贄には出来ないよ!」 「オイオイ、今からなにを始めようってんだ、俺たちは」と2年がやたらと大袈裟な志翠にドン引く。 「ダメだよ清風っ、一人でなんか行ったら危ないよ!」 「いや、危なかったら流石に行かせないからね? 明嵜くん、聞いてるかな?」  顔を白くした志翠には最早2年のツッコミなど鼓膜のどこへも掠っていなかった。目の前の親友を今から猛獣の住む森の中へ単独で行かせるのかといった緊迫感を一人で醸し出している。すでに3年もOBも呆れを越して放心状態に近い。 「……だったら、お前も行ってやれよ明嵜。親友一人を生贄には出来ないんだろ?」  もうその世界観に周りがのるしかなくて、2年は真顔で志翠の肩に手を置いた。  そのわざとらしい空気を理解しながらツッコむのも面倒で、清風は先輩たちを一瞥し終わると深いため息を一つつき「いいから、お前はここにいろ」と志翠の頭をポンと軽く叩くとLEDのランタン片手にさっさと屋上のドアへと向かって行く。 「清風っ、ダメ、待って!」  慌てて志翠もランタンを持ちその背中を追った。 「──あの子は一体……どうした?」とOBが心配そうに2人が消えて行ったドアを見つめた。 「純粋という名の……驚くほど馬鹿な奴なんです、可愛いでしょう?」  2年がそう静かに答えると、OBはそれ以上は詮索せず現実逃避するように夜空を見上げた。 •*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚  電気が点いていると言ってもイマイチ薄暗い学校の廊下は、志翠の恐怖心をただただ大きくさせた。 「着いてこなくて大丈夫だから、屋上にいろって」 「無理無理っ、今から一人で戻るの無理!」 「──お前は……」なんて心強い相棒なんだと清風は目を細める。そこへいきなり志翠のポケットから着信音が夜の廊下へ響き渡り、志翠は思わずおかしな声をあげた。 「しっし、心臓が止まるかと……、せ、先輩からだ……」  志翠はすでに何歳か老け込んだような顔つきで応答をフリックする。 「もしもし? なんですか、もうビックリさせないでくださいよ〜」 「もうビックリしてんのかよ、ちゃんとAEDの場所覚えてるか?」 「縁起でもないこと言わないでくださいっ、なんか用ですかっ」 「いや、お前らの前にサッサと行っちゃったからさ」 「? いや、それ絶対聞きたくないやつですよね、必要ないです。切ります、切りまーす」 「待て待て待て待て! スピーカーにして明月にも聞こえるようにしろ」  志翠は至極不服ではあったが、一応相手は先輩なのでしぶしぶ言う通りにした。 「何ですか?」と清風は相変わらずの無愛想な声で返事をする。 「話す前からなんか不機嫌なのな、お前……まあいいや。天文部にはもう一つの恒例があってな、それを伝えそびれたと思ってさ」 「もう一つの恒例?」と二人は思わず声を揃えた。 「そう、旧校舎の一階、一番突き当たりにある第二音楽室。そこに目印を置いてきたからそれを行った証に持って帰ってくること」 「嫌ですー、じゃ失礼しますー」 「おいっ、ノリ悪りぃぞっ、明嵜っ」 「だってやですもん! 行きたくないです!」 「いいよ、俺が行くから」 「清風はなんでそんな素直なの? こんなパワハラに従うことないよ!」 「そのパワーワードやめろ、レクリエーションの一環だと思ってもう少し気楽にお願いできますかねぇ?」 「目印のことは了解しました。用件はそれだけですか?」 「用件はな、あとは取りに行くなら明月一人の方が良いかもしれないってアドバイス」 「なにそれ、先輩、いじめ?」 「明嵜、言葉のチョイスまじもう少し考えて? 俺へのダメージさっきからキツい……じゃなくて、これは本当にアドバイス」 「ひとりで行くことが? どうして?」 「あそこの音楽室には事故で死んだ子供の霊がずっと成仏できずにいるって噂でな。あそこに肝試ししに入ったカップルや友人たちは必ず仲違いするって話で有名なんだよ」 「なにそれ! 幽霊出るなんて聞いてないっ、先輩の意地悪っ、鬼っ、悪魔っ、非モテ男っ」 「最後の関係なくねぇ?! お前どさくさ紛れて悪口追加してんじゃねぇぞっ」 「なんなんです、その都市伝説みたいな科学的根拠のない話」 「もう何でお前ら片方は小学生で、片方は極端にノリ最悪なの? 本当に同い年かよ、もう少し平均してくれよ」 「それは俺も思います」と志翠が無駄に自己分析に長けた返事をよこす。 「どっちにしろ、音楽室へは一人で行けば問題ないってことでしょう? 仲違いってことは相手がいないと成立しない話ですし」 「……冷静だよな、明月は。お前なんでそんな小学生と親友してられんの?」 「先輩! 悪口返ししないでください、そして清風もなんでだろうって首傾げるのやめろ!」  電話の向こうでは先輩たちが大爆笑していて「じゃーなー」と一方的に通話はそこで切られた。  シン、と廊下が突然深い静寂に包まれ、志翠はそれだけで心細さに拍車が掛かった。それが顔に出ていたらしく、清風が俯き加減の頭に手を置く。 「さっさと行って、さっさと帰ろう」 「……うん」 「音楽室には俺だけで行くから、心配すんな」 「それって俺は一人で待つってことだよな? それもやなんだけどぉ〜」 「入り口で待てばいいだろ、姿が見えなくなるわけじゃないんだし」 「そう……だな」 「ホラ、さっさとしろ」と清風は志翠の心もとない肩を軽く叩いて、これ以上暗いことは考えさせないようにした。

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