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第1部 フェルザード=クリミリカの攻略者 2.エガルズの横丁

 ハイラーエのいたるところには爆弾(ボム)が埋まっている。おそらく迷宮を作った古代人の仕業だが、彼らに天罰を与えた神の仕業だといいはる者もいる。  ハイラーエの歴史は爆発の歴史だ。つるつるの岩につるはしやくさびを打ち込むたび、運の悪い人間たちがボムに岩ごと吹っ飛ばされて来た。それと同時に、ボムは岩の向こうに隠された迷宮やジェム鉱床への道をひらいてきた。  最初に探索されたディーレレインは数多くの犠牲者を出しながらもすべてのボムを解除した。でもリヴーレズの谷底に広がるジェム鉱床や、探索途中の南北の迷宮にはまだいたるところにボムがある。  ボムは避ければいいというものでもない。というのも、有望な鉱床や隠された迷宮の入口にかぎって多数のボムがあるからだ。うっかりボムに突っ込むまえにこれらを探し当て、わざと爆発させたり起爆装置を解除すれば、人間にとって逆に有用なものになる。  というわけで、冒険者と呼ばれる連中の出番だ。彼らはボムの探知魔法を使える。というか、ユグリア王国はこの魔法を使える者にだけ、迷宮の探索許可を出す。  ユグリア王国がここ百年のあいだめざましい発展をとげたのはジェムという動力源を発見したせいだ。迷宮の探索も最初はジェム目当てではじまったが、予想に反して発見されたのは古代人の不可思議な遺物だった。  いまやこの国の王侯貴族や大商人たちはこれを集めるのに夢中だ。冒険者はボムを探知しながら慎重に岩を砕き、できるだけ迷宮を傷つけないように中に隠されたお宝を探す。魔法は素質と才能と訓練のたまものだから使える人間は限られている。自分は冒険者なにがしであると名乗れるのは、王都で探知魔法を習得し、迷宮探索の許可を得たギルド員だけだ。冒険者ギルドは王の直轄で、王都では絶大な権力をもっているらしい。 「オスカー、どうして断ったんだ?」  一夜あけた朝、僕はエガルズの横丁でルッカの親父さんに出くわしていた。いや、朝飯の時間をみはからってむこうが僕を探していたにちがいない。  屋台がずらりとならぶエガルズの横丁はディーレレインの住民の胃袋をがっつりつかんでいる。僕はローブにターバンといういつもの格好で朝粥の屋台を物色中だった。ユガリア王国でターバンを巻く人間はめったにいないが、ほうっておいてもくるくる巻く髪をまとめるにはこれが一番便利だし、ディーレレインの住民は気にしない。 「断ったって、何を?」 「右腕のない依頼人が来ただろう?」  ルッカの親父さんはベテランの迷宮案内人だ。ガイドたちの取りまとめ役もつとめる大物でもあって、彼が案内するのはそのへんの観光客ではなく冒険者だ。 「彼って、まさか昨日のあいつ?」  僕はまじまじと親父さんを見返した。 「ザック・ロイランドだ。来ただろう?」 「まさか紹介者は親父さんか? ギルドじゃなくて?」  親父さんは四角い眉毛をぎりっと動かした。 「ザックは話さなかったのか?」 「紹介状はあるといったが、てっきり冒険者ギルドだと思った。で、ギルドからの事前連絡はなかったから、でたらめか間違いかと」 「まったく……最初にいえといったのに」  なんてこった。困ったことになったと僕は思った。ルッカの親父さんにはいろいろと恩がある。この町へ来たばかりの頃、彼にはよく世話になった。 「店に行けといったのも親父さんが?」 「まさか。必ずガイドに案内してもらうようにいったんだ。ザックはひとりで来たのか?」 「店の前で待ち伏せされてね。気にいらなかったんで追い返した」  親父さんはため息をついた。 「そうか。それは悪かったな」  屋台からただよう匂いに腹がむずむずしたが、僕はすこし声を低めた。 「あいつ、親父さんからの紹介って、どういうことだ?」 「ギルド経由だと手続きに時間がかかるのが嫌だと、頼まれてな……。すぐにも北迷宮の攻略に戻りたいそうだ」 「右腕一本失くしたばかりで? いくら冒険者でも、正気か? 犯罪者じゃないだろうな」  親父さんは苦い表情になった。 「ザックはグレスダ王の紋章を持ってる。オスカーは一度も会ったことがなかったか? ニ年前から北迷宮に何度も入ってる」 「二年も? 単独で?」 「いや、隊長だ」  隊長。なるほど、ハイラーエの外の(たぶん王都からの)派遣隊の人間というわけだ。そうきけば昨日の偉そうな態度にも説明がつく。 「隊長クラスの冒険者とは縁がない。親父さんは案内役だったのか?」 「最初のときだけだ」  グレスダ王はユグリア王国の先代王である。よそ者の僕は政治にはくわしくないが、英君だったと聞いている。そんな偉いところとつながりのある冒険者なら、ガイドの取りまとめとしては断りにくいだろう。 「グレスダ王の紋章もちならさぞかし優秀なんだろうな。隊の規模は?」 「いや、今は単独探索をやっているらしい」 「単独だって?」  呆れた声が出た。親父さんは肩をすくめた。 「義肢でフェルザード=クリミリカの高層を狙うのはむずかしいからな」 「難しいなんてものじゃない。単独なら死にに行くみたいなもんだ」 「だからオスカー、頼むよ。あんたのえり好みが激しいのは知ってるが、俺たちや鉱夫にはそんなことないじゃないか」 「僕がやってるのはえり好みじゃない。生成魔法は相性がある。冒険者の腕を再生するときはこれがおおごとになるんだ」 「だがその分ふっかけてるだろう?」 「当然だろ。冒険者には山ほど見返りがある。谷の連中や親父さんとはちがう」  ハイラーエのボムに関しては、ジェム鉱床のあるリヴーレズの谷では迷宮よりずっと荒っぽいことが行われている。採掘の途中でボムが出てきたらわざと衝撃を与えて爆発させるのだ。爆発対策は十分されていることになっているが、鉱夫の負傷は絶えない。中にはデイヴのように右足を吹っ飛ばすような重傷者も出る。  でも彼らはその日の食い扶持のため、家族を養うために働いているのだ。ハイラーエ周辺で生まれた平民は、男も女もたいていは鉱夫になるか、ディーレレインで何かの商売をやっている。ユグリア王国の臣民は移動に制限が多いから、それ以外に生きる方法がない。  だから僕はデイヴのような鉱夫やガイドに格安で生成魔法の施術をするかわり、冒険者からはがっぽり取ることにしていた。文句をいう人間もたまにいるが、冒険者ギルドは最初の客の報告を聞いて以来、僕の腕を超一級と保証した。つまり値段相応といってほしい。  デイヴたちが掘ったジェムはこの町や王国の人々が使う動力源になるが、冒険者の探索でみつかる古代の遺物は何の役に立っているのか、僕にはさっぱりわからない。どうもユグリア王国の有力者たちは、遺物から失われた古代技術と魔法を再生できると信じて冒険者たちに投資しているらしい。  で、冒険者はみんな、我こそはいつか迷宮の最高層に達するという名誉を競っているわけだ。何の役に立つのかわからない代物であろうとも、迷宮で発見した古代の遺物をを持ち帰った冒険者は王都でいたく尊敬されるという。  しかし王都の連中は、冒険者が自分の力だけで迷宮探索をやれると本気で思っているのだろうか? ディーレレインの住民がいなければそんなことは不可能なのだ。この町は冒険者に必要なあらゆるものを提供する。親父さんのようなガイド、食堂、宿屋、薬屋、装備屋、モンスターの解体屋、案内人に運び屋、医者に義肢屋――そして僕、生成魔法技師のオスカー・アドリントンまで。  親父さんはなだめるように笑って、僕の腕を軽く叩いた。 「だが冒険者のおかげでこの町は潤う。持ちつ持たれつだよ、オスカー」 「まあ……親父さんの紹介だと最初に聞いていればな……」 「それに俺の知るかぎり、ザックは出し惜しみしないぞ」 「でもあいつ、昨日はむりやり僕の店に頭を突っ込んできたんだぞ」  そのとたん僕は思い出した。あいつのせいでハクニルダーの卵がだめになったことを。 「聞いてくれよ、親父さん。あいつのせいでハクニルダーの卵が割れたんだ! レインに頼み込んでやっと手に入れたのに……」 「ハクニルダーの卵?」  親父さんは同意とも否定ともつかない、あいまいな唸り声をあげた。 「それは……気の毒だったな……あれはたしかに美味いもんだが、俺はそんなに……」 「ハクニルダーはめずらしかないが、新鮮な卵を手に入れるのがどれだけ難しいか知ってるだろ? おまけに壊れやすいんだ。さんざん気をつけて運んだのにあいつのせいで」  まくしたてたとたんに腹がぐううっと鳴った。親父さんがまたなだめるように僕の肩を叩く。 「オスカー、朝飯を食わないか。おごるよ」  そのときだった。視界の端を白いものがかすめ、僕は注意をひかれた。冒険者のいでたちと短く刈った白い髪がみえた。ザックだ。ザック・ロイランドが僕をみている。

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