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第1部 フェルザード=クリミリカの攻略者 19.皮膚の下の蛇
膨張した闇珠の膜の中で、僕は目隠しをしたザック・ロイランドに抱かれている。あおむけになった僕の両足を二本の腕が広げ、僕は彼の雄を受け入れている。さっきのあれは夢だったのか? どうして僕はこんなことを……してる……?
僕はやみくもに手を伸ばし、目隠しの端をつかんで引っ張った。やっとあらわれたザックの眸はぼんやりとして、どこか獣めいていた。まさか、意識がないのか。最初のテストのときも似たようなことがあった
でもそんな理性的な考えはまたすぐに消し飛んだ。熱い息が僕の肌をかすめ、獣のようにザックが腰をふると、僕は我慢できずに声をあげてしまう。
「あっ、ああんっ、んっ」
ファーカルに抱かれていたと思っていたのに。
でも、相手がザックだとわかっても、僕の体は拒まなかった。それどころか一度雄を引き抜かれ、うつぶせにさせられたとたん、自分から尻を彼の方へ向けてしまっている。四つん這いの姿勢でザックの一物を飲みこみ、ぐちゅぐちゅっとそれが奥に進むのを感じる。
ザックの吐息がうなじにかかり、熱い舌が耳の裏を舐めた。ちがう刺激をうけて僕の背中はぶるっとふるえる。ザックは前に回した手で僕自身を弄り、やわやわと握ってくる。僕はまた声をあげ、ザックのなすがままに体をあずけた。
今のザックには右腕がある。
くりかえし押し寄せてくる快感のはざまで、それだけが僕を安堵させている。透きとおっていない、ほんものの肉体で、僕の体を確実につかんで、翻弄している。それでもザックにこうして――あっ、ああっ、あんっ……体を差し出している自分はとても信じられない。ザックの太くて熱い雄が中を揺らすたびに、罠にかかったような気分と、そんなことはどうでもいい、という気分がまざりあう。
どうでもいい? そんな馬鹿な。
僕はファーカル以外の誰とも、こんなことをするつもりなんて……なかったのに。
涙がこぼれたが、快楽の涙だったのかもしれない。僕の顔は涎と涙でどろどろで、ザックの雄を飲みこんだ尻を僕は知らず知らずのうちに揺らしていたのだ。もっと欲しいとでもいうように腰をくねらせて、彼の右手が僕の腰を引き寄せることに悦びを感じている。
五年間、たえてなかった肉体の悦び。
「あっ!はぁぁぁぁ、あ、あ、あぁぁぁん!」
ついに自分自身がどろどろに溶けてしまうような長い瞬間が訪れ、僕はもう何も感じずに、どこかへ墜ちていった。
十分に満たされた深い眠りの中から僕は目をさました。あたたかく弾力と柔らかさのあるものにくるまれているようだ。すぐそばにあるものにひたいをおしつける。なじみのある匂いがする。
次の瞬間、もっとはっきり目が覚めて、自分がどこにいるのかがわかった。
あわてて起き上がろうとしたが、僕とザックがふたりでくるまっていた敷布が邪魔をした。僕はザックの体にぴったり寄り添って眠っていたのだ。ふたりとも裸で、床には僕のローブやザックの施術着が落ちている。
そうだ、腕! ザックの右腕はどうなった!
僕はいそいで眠る男の右腕をたしかめた。さっきまで僕を抱きしめていたと感じたのは正しかった。生成魔法は無事に発動し、ザックの腕は再生していた。見たところおかしなところは何もない、肉をもつ実体だ。
ザックはぐっすり眠りこんでいる。僕はそっと施術台から降りた。床に足をついたとたん、尻のあいだからたらりと液体がたれた。鼻をつく青い匂いに記憶が戻ってくる。そうだ、僕はザックと……して……。
僕は施術台をふりむき、男がまだ深く眠っているのをたしかめた。忍び足で大釜の前にいき、布をしぼると、手洗い場へそろそろ歩いてまず自分の後始末と身支度をした。清潔な服とローブを身につけ、戻って時計をたしかめ、ぎょっとした。もう夕方だ。
まさか、こんな時間まで施術台の上で――ザックとふたりで――ぐっすり眠ってしまったのか? 僕は愕然としたが、自分がそこまで空腹を感じていないことにも驚いた。おかしなことはもうひとつあって、髪がすこし伸びていた。直毛になっていたが、長さは腰まである。
首をひねりながら、僕は絞った布を手にそろそろと施術台のところへ戻った。清拭すればザックは目を覚ますだろうか。それに闇珠も拾わなければ。敷布の上に見当たらなかった。
あの時のザックにどの程度の意識があったのか、僕には見当がつかなかった。彼自身の意識は闇珠の媒介で眠りこんでいたかもしれないし、夢を見ているような状態だったかもしれない。
とにかく今の僕はローブを着ている。ザックが目を覚まして、かりに何かを覚えていたとしても、あれは闇珠の副作用で、ザックがひとりでみた夢だと丸めこむつもりだった。
僕は施術台の横に立ち、ザックの体を拭きはじめた。足からはじめ、太腿の裏側や背中まで拭っても、ザックは目を覚まさない。胸は規則正しく上下して、呼吸も安定している。
〈生成〉のあと深い眠りに落ちこむ者はたまにいるから、まだ心配する段階ではなかった。とはいえ気がかりではあった。
股間の立派な一物をじろじろみないよう気をつけた。さっと拭ってもザックはすやすや眠ったままだ。これは好都合だ。ザックに下着を穿かせることに成功したとき、僕は勝ち誇った気分になった。施術着を着せることはさすがにできなかった。僕は新しい敷布を広げて腰から下を覆うと、上半身に取りかかった。
それにしても、清拭のあいだに闇珠がみつかるとばかり思っていたのに、なぜかどこにもない。床に落ちたのだろうか。
僕はザックが目覚めたあとの手順を考えた。〈生成〉のあとは簡単な運動テストをすることにしていた。新しい体の部分が全体と調和しているか確認するためだ。
下手な魔法技師には義肢よりもまずい手足を作ってしまう者がいる。ぶらさがっているだけの、意思で動かせない木偶の坊を生やしてしまうのだ。僕はそんな失敗はないが、ザックは魔法を使う冒険者だから、本当に完全な生成が行われたかたしかめるには魔法を使ってもらう必要がある。
とはいえ、あれこれ考えても本人が目覚めないことにはどうしようもない。僕は両腕と胸、首を拭い、最後に肩を抱くようにして背中を拭いた。力の入っていないザックの体はずっしりと重い。僕は敷布をもちあげ、胸の上にひっぱりあげようとして、思わず固まった。
ザックの腹から胸にかけて、蛇と蔓のからまる紋様が浮かび上がっていたのだ。
しかも紋様は動いていた。蛇の丸い頭がゆっくり僕の方を向く。小さな赤い眼がふたつ、皮膚の中で光った。開いた口に黒い珠を咥えている。真円の影のような漆黒の珠だ。
まさか!
蛇が僕をみつめたような気がした。僕が敷布を握ったまま立ち尽くしていると、蛇はゆっくり方向を変えた。黒い珠はみえなくなり、やがて皮膚にうかんだ紋様全体が薄れ、消えた。
僕は敷布をザックの胸におとした。今みたものが信じられなかったが、僕の頭がおかしくなったのでなければ、ひょっとして――
――ザックの体に闇珠が吸い込まれた? それともあの蛇が闇珠を飲みこんだ?
〈|溶=解《ト・カイ》〉の語が頭をよぎる。僕は子供のころから魔法技師の訓練を受けてきた。しかし皮膚にうかんだ蛇が魔法珠を飲みこんでしまうなんて、聞いたこともない。では闇珠はどこに?
僕はザックの上にかがみこみ、首筋に指を二本あてた。
おおおおお! 信じられない!
ザックの体から闇珠の反応が戻ってくる。なんだ、なんだこれ。
これも〈祝福〉なんてわけのわからない魔法のせいか? この男、僕の魔法珠まで持っていきやがった!
思わず悪態をつきそうになったが、そのとたんザックと僕の経脈が呼応するのを感じて、僕はあわてた。闇珠を媒介にして触れたときとまったく同じだ。ぱっと手を離したまさにその時、ザックがぐうっと獣めいた唸り声をあげた。僕は飛び上がるようにしてうしろに下がり、両手をうしろに組んで立った。
ザックの目がぱちりとひらいた。やけに唐突な動きで、バッと体を起こす。
「オスカー!」
名前を呼ばれたとき、胸がくすぐられるような感じがしたのはなぜだろう。
「ザック・ロイランド。喜べ。たぶん成功したぞ」
僕はなんとか威厳を保って告げた。
「おまえの右腕だ。たしかめてくれ」
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