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第3部 レムリーの至宝 1.オスカー:沈黙の儀式

 西に向かってひらいた窓から夕暮れの光が差しこんでくる。まもなく太陽は地平線に沈むだろう。反対側の壁と中央の祭壇の上にジェムの光が灯っているが、儀式の間の半分は夕闇に沈みかけている。  骨のように白く磨かれた木のメダルが三枚、三角形をつくるように祭壇の上に並んでいる。僕は白い服を着せられ、髪を背中に流している。祭壇の向こう側にはザックが立っている。僕とおなじ白い服を着ている。はす向かいにはダリウス王が立って、僕らを交互にみる。  チリリリリリリ、と鈴が鳴った。  僕は黙ったまま、教えられた手順のとおり手を差し出した。白い手袋をはめた召使が僕の手を捧げ物のようにとりあげ、指先に輝く針を刺した。たちまち真紅のしずくが皮膚にもりあがる。  最初の一滴は絆のために。  次の一滴は証明のために。  最後の一滴はユグリアのために。  教えられた言葉を頭の中でくりかえしながら、三枚のメダルに順に指を差し出す。この儀式のあいだはけっして声を出してはいけないというのだ。僕のあとにはザックが、その次に王様が、同じように祭壇に手を差し伸べる。メダルが赤く染まるにつれ、白木に刻まれた紋様が浮かびあがった。王冠を中央に置いた正三角形を真円が囲んでいる。  僕は祭壇から一歩さがった。召使が針の痕をすばやく清潔な包帯で巻いてくれた。別の召使が祭壇の上のメダル――スキルヤの誓印を布で磨くと、一枚ずつうやうやしい手つきで丸い金属のケースに納める。  僕もザックも、王様も黙ったままその様子を見守った。召使がひきさがると、今度は王様が祭壇の向こう側へ立ち、僕とザックは並んで祭壇の前に進む。王様は誓印を左右の手にひとつずつ持ち、僕らは両手で受け取って、ケースに繋がった鎖を首にかけた。最後に王様が三つ目の誓印を首にかけ、儀式の間から出て行く。  左腕にぬくもりを感じた。ザックが僕の手を握っているのだ。沈黙の儀式の前の三日間、僕らはおたがいに触れるのを禁じられていた。僕らは手をつないだまま儀式の間を出る。緊張していたのか、喉がからからに乾いている。つないだ手の暖かさを感じながら僕はやっと深く呼吸する。    *  そして夜になり、僕は自分の寝台に座って、また息をつめている。  日没に行われた儀式で僕はザックと正式に「スキルヤの誓い」を結んだ。しかもダリウス王を証人にして。  王を証人にするなんて僕にいわせれば怖いくらいの経験だったが、王様はあっさりしたものだった。沈黙のまま儀式がおわったあとはすぐにザックをつかまえて、準備中の迷宮探索隊についてうるさくたずねていたほどである。王様にとってはそっちの方がずっと大事なことなのだ。それは僕もわかっていたが、厳粛な儀式をそつなくこなした直後だったので、なんだか拍子抜けした。  正直なところ、僕は王様のことを変わった人だと思っていた。この地位に匹敵するのかどうかはともかく、偉い立場の人間なら僕だって会ったことがある。一度たりともいい思い出にはならなかったが、この王様は僕が会った連中とはかなりちがう気がした。権威ある人間特有の迫力はあるものの、どこか浮世離れした様子がある。迷宮の秘宝を求めるのも、単に富や財宝目当てのことではないように思えた。  それはともかく、儀式はおわった。ザックとふたりで離宮に戻る道中はカイン・リンゼイ率いる騎士たちが(ありがたくも王様じきじきの命令で)護衛としてついてきたので、ろくに話もできなかった。  とはいえ、ふたりきりだったとしても話なんかできなかったかもしれない。僕はなんだか……変なのだ。儀式のあいだはザックをみるだけで胸がきゅっと詰まったようになって、呼吸が苦しかった。  きっと儀式の前の三日間、ザックの顔をほとんど見なかったせいだろう。誓いを交わす相手との接触を禁じるのはユグリア古式の婚姻のしきたりで、今はスキルヤの誓いにだけ残っている――というのは、この三日間のあいだにメイリンに教えてもらったことだ。  戻ってくると離宮は祝いの品物と花でいっぱいだった。 スキルヤの誓印をルキアガの腕輪や魔法珠の首飾りをしまった箱に入れ、儀式用の服を着替えるとすぐに晩餐の時間になったが、僕は――僕としたことが――ろくに食べ物の味がわからなかった。  いったいどういうわけだろう。ディーレレインで出会ってから、ザックとのあいだにはいろいろなことがあって……いくら正式に誓いを立てたからって、どうして僕はこんなにどきどきしているんだ?  足元に影が落ちた。  ハッとして僕は顔をあげる。ザックがすぐ前に立って、僕をみている。  僕は引き寄せられるように立ち上がり、ザックが差し出した手を握った。黙ってあとについて、彼の広い寝室に入る。  まだ沈黙の儀式を続けているみたいに、ザックも僕もひとことも話さなかった。立ったまま、ザックの手が僕の肩におかれる。僕はもう緊張していなかった。ザックの指が僕のあごをもちあげる。口づけが穏やかなのは最初のうちだけだ。ふたりだけの沈黙の儀式は長くは続かなかった。さらした素肌をなぞるザックの舌に翻弄されて、僕は寝台に体を投げ出し、ザックを奥まで受け入れて、快楽にゆさぶられながら彼の名を呼んでいる。

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